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【小説】ロックバンドが止まらない(27)


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 帰りの電車の中でも、四人はオーディションに落選したショックを引きずって、ほとんど話せないでいた。

 自分たちは絶対に合格する。神原もそう無邪気に信じていたわけではないものの、一つの道が閉ざされてしまった落胆はやはり大きい。また一からやり直し、いやゼロからのスタートかもしれないことに、気が遠くなる思いがする。

 与木たちの口数も少なく、車内の中で神原たちの周囲にだけ、通夜みたいな雰囲気が漂う。

 また曲を作って、演奏技術を磨いて、再挑戦すればいい。そうは分かっていても、すぐに切り替えることは神原には難しかった。

 何も喋らず置物のようになってしまった神原たちを乗せて、それでも電車は神原たちの最寄り駅に到着する。人の流れに乗せられて、改札を出ると神原たちは立ち止まった。

 神原たちの家は南口方面だったけれど、久倉の家だけが北口方面だったから、四人はここで解散しなければならない。

 今日この後の予定も、四人にはまったく入っていない。家に帰っても、きっと神原はしばらく呆然とするだけだろう。

 でも、それ以上に外にいて人の目には晒されたくなくて、「じゃあまた学校でな」と、帰路に就こうとする。

 だけれど、踵を返そうとした瞬間、久倉は「ちょっと待てよ」と三人を呼び止めた。

「せっかくだし、なんか食ってから帰ろうぜ。お前らもどうせこの後、暇だろ?」

 確かに腹は空いてきているものの、昼食なら別に家で食べればいいだろう。神原はそう思ったものの、久倉の瞳が「このまま帰りたくない」と訴えかけてきていたから、無下にはできなかった。

 家に帰ったとしても、今はまだギターを弾きたい気分ではない。何より、園田や与木がその誘いを受け入れていたから、神原一人だけが帰るわけにはいかなかった。

 少し話して、神原たちは南口を出たところにある、ファーストフードチェーンに行くことに決めた。神原は今は騒がしい環境の中に身を置きたい気分ではなかったけれど、持ち合わせもあまりない状況では、他に選択肢はなかった。

 店内に入ると、ほとんどのテーブルに人が座っていて、神原が想像した通りの賑わいを見せている。それでも、奥の方の席が空いていたので、神原たちはハンバーガーのセットを注文して、腰を下ろした。

 何から話そうかと神原は迷ったけれど、久倉が席に着くやいなやポテトに手を伸ばしていたから、神原たちもそれに倣ってひとまず食事を始める。

 ジャンクで大雑把な味わいは胸の奥にまで届かなくて、今の神原にとっては好都合だった。

「やっぱりそんな簡単じゃなかったな」

 ハンバーガーセットを食べ進めながら、ふと思い出したかのように久倉が呟いた。久倉が深刻にならないようになるべく軽い調子で言ったのは分かったが、それでも心にずしりと沈む感覚を、神原は覚えてしまう。

 自分たちの全力を出せたという手ごたえすらなく、ただもっとこうしていればという思いだけが、胸に響く。

「そうだね。さすがにバンド組んで一年、オリジナル曲を始めたのはもっと最近の、ペーペーのバンドがすぐ通用するほど甘くはなかったね。考えてみれば、私たちよりも長くバンドをやってる人や苦労してる人だって、たくさんいるのにね」

 それは関係ないだろ。そう神原は思うも、言葉にはならなかった。

 どれだけバンドを組んでいるかと、曲自体のクオリティはまったく別だ。でも、もしかしたら軽微な相関関係ぐらいはあるかもしれない。

 でも、それもやはりもっと自分たちがバンドに時間をかけていればという、たらればの話にすぎなかった。

「……で、でも俺はやっぱり悔しいよ」

 現実をどうにか受け入れようとしている二人に反して、絞り出すように発せられた与木の声は、苦々しかった。納得してしまったら終わりとでも言うように、口元を歪ませている。

 その気持ちは、神原にも痛いほど分かる。きっとこの感情に慣れてはいけないだろう。

「そうだな。俺も仕方なかったって言葉で済ませたくない。少なくとも俺は、オーディションに合格したいと思ってたし、だから今は凄いショックを受けてる。すぐにまた次なんて、前は向けないくらい」

 こぼれ落ちるかのような神原の言葉を、三人は茶化すことも冷やかすこともせず聞き入れていた。

 口に出してみても、神原の中で悔しさは少しも消化されない。むしろ現実を再認識して、改めて落ちこむくらいだ。

「分かる。私もそんなとんとん拍子でうまくいくとはあまり思ってなかったけど、それでも悔しいもん。私たちが一生懸命悩んで考えて作った曲が、二番煎じだって言われたんだもんね。これで悔しさを感じてなかったら曲作るのに、モノ作るのに向いてないよ」

 園田が唇を噛みしめていた。神原だって一応、オリジナル曲を作ったというプライドはある。それを傷つけられて、平気でいられるわけがない。

 隣に座る与木も腹に据えかねる表情をしていることを、神原は察しとる。痛みを感じていない人間は、このテーブルには一人もいない。

「だったらさ、悔しいんならもうやるしかねぇだろ」

 いつの間にか四人は、ハンバーガーセットを食べる手を止めていた。力を込めて語る久倉に、神原は発破をかけられる。

 こんなところで立ち止まってはいられない。この経験を生かすも殺すも、これからの自分次第なのだ。

 どうせなら、この悔しさをばねにするしかない。そうしなければ、たくさんの時間をかけて作った曲たちも浮かばれないだろう。

「そうだな。俺はこのままじゃ終われない。今の段階で何言ってんだって話だけど、絶対にデビューして、売れて、俺たちを落とした人たちを後悔させてやりたい」

 まだデビューにすら漕ぎつけられていないのに、何を言っているんだ。事情を知らない人が聞いたら、そう思うかもしれない。

 だけれど、神原は本気でそう感じていた。たとえ後ろめたい動機だったとしても、反骨精神はときに何よりのエネルギーになる。

「私も、たった一回落とされたからって諦めたくない。何度も何度も挑戦して、絶対にデビューを勝ち取る。オーディションを受ける前はデビューできればいいなぐらいにしか思ってなかったけど、今は何としてもデビューしなきゃって思いになってる」

「……俺も、もっと良い曲作って認められたい。いや、認めさせる。俺たち四人で、何としても」

 与木の口調もしばらく聞いたことがないほど力強くて、今回のオーディションに懸けていた想いを神原は知る。園田や久倉もかすかに目を瞬かせてはいたものの、水を差してはいない。

 雨降って地固まるではないが、苦い経験をしたからこそ、四人の思いはまた一つにまとまりつつあった。

「よし、じゃあこれからもバンドやってこうぜ。とりあえずステージに立たないことには何も始まらねぇから、一一月の文化祭に出よう。受験勉強なんて、いくらでも何とかなるはずだから」

「ライブハウスにも立ちたいよね。幸いデモテープはあるんだし、聴いてください、ライブに出してくださいって、こっちから働きかけていかないと」

「お、俺も新しい曲作る。次こそはデビューに繋がるような曲を」

 きつい思いをしても、前を向いている三人を神原は頼もしいと思う。

 と、同時に横やりを入れたいような、たしなめたいような思いにも駆られた。

「ああ。でも、俺はただバンドやるだけじゃダメだと思う」

「どういうこと?」

「今までと同じように曲作って、練習してを続けてたらダメなんだと思う。だって、それで今回は落ちたわけだし。何かを変える必要があると思うんだ」

「変えるって、何を変えるんだよ」

「それは俺にも分からない。でも、俺は二度と二番煎じだとか、劣化コピーだとかは言われたくない。どうせなら誰とも違う、誰もやっていないような、日本のどこを探しても見当たらないような音楽をやらなきゃいけないと思う。だって、それくらいしねぇとデビューなんてできないって、今日で身に染みたから」

 自分で言っていてあまりのハードルの高さに、神原は気が遠くなるような思いがした。誰もやっていない音楽なんて、それができるのは一握りの天才だけだし、自分がそうだと自惚れられるほど、神原は幼くない。

 でも、唯一無二の個性がなければ、デビューなんて夢のまた夢の話だろう。

 自分にどれだけの負荷がかかるかは、今だけは考えなくてもいいような気がした。

「そうだな。俺も今日落とされて、もっと頑張んねぇとって思った。もっとセンスを高めてぇなって。もっとたくさん色んな曲を聴いて、自分の中に染み込ませていきたい。まったくのゼロから一を生み出せるような大天才じゃないのは、自分でも分かってるから」

「うん、私ももっとベース練習しないといけないなって思った。特に私はベースを始めたのは高校からで、泰斗くんたちと比べると遅いから。もっとベースを弾く時間を増やして、他の曲からもいっぱい学んでレベルアップしたい。ベースはバンドには欠かせない土台だからね」

 久倉や園田も今日のことをうじうじと引きずるよりは、どうにか前を向こうとしていて、神原には心強く感じられる。与木は取り立てて何かを語ってはいなかったけれど、それでもその目が決意に燃えていることは、神原には手に取るように分かる。

 帰ったらまたギターを弾きたい。そう思えるくらいには、神原は若干でも立ち直れていた。

「よし、じゃあこれからもバンド頑張るか。今日この悔しさをスタートラインにして、いつか今日があったからデビューできたって言えるように」

 あえて言葉にして決意を述べた神原に、三人も頷く。「別にデビューがゴールってわけでもねぇけどな」と久倉にツッコまれても、少しも嫌な気はしない。もちろん今はデビューは一番に目指すべきところではあるけれど、それでもいつかバンドの歴史を振り返ったときには通過点にしかならないことは、神原にも分かっていた。

 四人は再びハンバーガーセットを食べ始める。立ち上がって再び歩き出す日は、明日ではなく今日だ。そんな共通認識が四人の間には生まれていた。

(続く)


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