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三十歳 ラオス

 タイ行きから五年が経って、次に行ったのもやはり東南アジア、ラオスでした。これはひとり旅。やり方はこれまで通りバックパッカー旅行。
 中国の昆明空港経由でビエンチャン入り。十二月、日本は寒くてもここは暑い。上着を脱いでタクシー。ホテル名を告げたら直行。車内の現地語のラジオがなぜか日本語に聞こえたのを覚えている。
 ちょっぴり中級、みたいなホテルに到着。でけえ荷物持ってたし泊まりたいのがバレバレなのでチェックインの書類はスッと出てきた。何泊? と訊くので、十泊、と答える。オーウ、ですって。空港で両替した通貨でまとめて払った。
 部屋はなんか広かったかな。着いたわー、フィー、って横になって、のちメシなどをどうするかを思う。
 ホテルはカフェもレストランもやってたのでそこで飲み食いできる。コーヒーの無料サービスがあってこれがうまかった。あとは一本一ドルの冷えた缶ジュースとかをテラス席で飲んだりと、まったり過ごす時間がありました。
 この頃になるとフリーWi-Fiが使えるようになってて、時代ですなあ、暇になったらネットができたりして。現地からFacebookに投稿してましたよ。
 ちょっと歩いたところにメコン川がある。でっかい川です。そこに沈みゆく夕陽がきれいで、俺はもう毎日のように散歩して、国旗のはためく下でビール飲みながら夕焼けの中にたたずんでおりました。
 食いものはやっぱうまい。俺は舌がアジア向けなのな。メコンフィッシュという川魚の塩焼き、ラープという辛めの炒め物、水炊き的な鍋料理、あとやっぱ麺。町をふらふらと歩いて腹が減ったらそこらに飛び込んで食った。メコンフィッシュは二回食ったけど、思い出したらまた食いたくなってきたな。すげーおいしいの、あっさりとした白身で。
 クエストが発生した件。ホテルの横のブティック的なとこに入り、そこの店員さんと話そうとしたが、お互いなまりの強いカタコト英語で通じず、筆談しようにも俺の字が汚すぎてダメ。ともあれみやげを探して、いい感じの刺繍の布きれがあったんでそれを買う。これ縫ったら財布みたいになるよね、ライクアウォレットだよね、とジェスチャー混じりでいうと、ユアスマート、とかいう。やってくんね? と訊く。やらぬ、市場にモン・ピープルがいる、これはモン・ピープルの作品だ、そちらで頼め、みたいなことをいう。
 モン・ピープル、ああ、モン族ってことかね、と思い当たり、店を出て夜市へ向かう。川べりで毎晩テントがいっぱい張られているのだった。
 そんでもう適当に、モン族探してんだけど、と訊いてみて、あっちのほうだよ、といわれたら右方向へ進み、それを二回くらい繰り返したら、ああもう絶対この人少数民族、と一発でわかるオーラと服装の人がいた。
「あんたモン族?」
「いかにも」
「これ、この布を財布っぽくこう、やってくんね?」
「承知」
 雑に訳すとそんなやりとり。モン族は手先がやっぱ器用なのな、ちょいちょいと縫ってすぐさま財布ができあがった。
 ありがとー、いくらですかね、って訊いても受け取ろうとしない。一方俺は報酬を払いたくて仕方ない。というわけで店先に並んでた小物をいっぱい買った。というクエストでした。
 同じく旅行者の日本人のMさんと、その友人の現地の男の子と知り合った。大学生だったっけかな、C君というその子がすごいもんで、英語、フランス語、中国語、日本語、といろいろ話せるという語学の天才だった。日本語の発音は完璧。ただ俺とMさんがネイティブの喋りをしてると早すぎるのか、「何を話していますか?」とか訊かれた。
 C君は将来は大使館で働きたいっていってた。いまごろ偉くなっちゃってるかもしれない。
 彼に、ラオスの国旗はなんで二種類あるのかと尋ねたところ、なんだっけ、独立がうんぬんっていってたけど。C君からすればそんなもんググれカスみたいな質問をしてしまった。
 その日、三人でテラス席でダラダラしていたところにおじいさんが現れた。黒いローブみたいなのを着て、長い白髪とひげ、鋭い目。俺は思いました。ソクラテスだ!
 まあもちろんソクラテスでも古代ギリシャ人でもなくて、フランス人で画家のピーターさんという人でした。みんなでテラスでダベる。ピーターさんは日本にいたことがあるというので、けっこう日本語いける。そして文学好き。
「ドン・キホーテはマーベラスだ」
「セルバンテスですね」
「イエア、イエア」
 日本文学も好きみたいで、村上春樹と松尾芭蕉がアメイジングだっていってた。
「アー、フルイケヤ? カワズトビコム……」
「水の音!」
「イエア、イエア」
 このイエアイエアが人生の艱難辛苦を超えてきたみたいな深みのある頷きだった。
 ピーターさんについてはその後、宿の近くで誰かを捕まえて話している姿を見かけた。ソクラテスがアテナイ市民に説教しているようにしか見えなかった。

 もうちょっと語りたいことがあったけど、クリスマスパーティーのこととか、ピーターさんにお叱りを受けたこととか、チェックアウトのときにアリガトウ! といわれた返事として三十度のお辞儀で、ありがとうございました、といったら場が沸いたとか、いろいろありますけど、体力が続かないのでこのくらいで。
 ラオスはいい国でしたよ。たぶんいつかリピートする。

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