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[エッセイお仕事小説]銀座東洋物語。

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ホテルは幸せな仕事。二十代半ばで転職し続けたどり着いたホテルは働く人も泊まる人も幸せなホテルだった。著者が経験した仕事をエッセンスに、小説風にまとめました。昭和の仕事の仕方はこん…
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2023年8月の記事一覧

銀座東洋物語。9(未来を救う人)

銀座東洋物語。9(未来を救う人)

 「僕 長銀のNといいます。一部屋予約したいんだけど」

 ホテルの予約システム上、ゲストならだれでもかれでもウェルカムではないことは説明してきたが、ここまではっきり勤め先まで名乗るゲストは珍しかった。
 長銀は、正式には長期信用銀行という。1998年に活動停止した銀行だが、ドイツの日系免税店で働いていた頃は同系銀行の中でもトップランナーだった。
 「Long-term Credit Bankって

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銀座東洋物語。8(宵のホテル)

銀座東洋物語。8(宵のホテル)

 あれは今から10年以上まえのことだから、ホテルをやめてから20年以上経っていたことになる。銀座東洋で仲良くなった子から連絡がきた。

 その子を、Sさんとしよう。彼女はホテル学校をでていくつか都内のホテルを経験したあと、東洋に就職した。個性の塊のような子で気の回るサービス業にピッタリの女性だ。この職業は最初に配属された部署の専門になることが非常に多かったけれど、このSさんは野心家だった。客室の管

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銀座東洋物語。7(幸せと冒険)

銀座東洋物語。7(幸せと冒険)

 クーリエサービスで大枚の現金を送ろうとしたポール氏のことは、私が地下一階の電話交換室から異動になってから起こったの出来事だ。地下にいてはクセ強めの宿泊客とゲストの快適だけを追求したいホテルマンの攻防を近くで見ることはできなかった。

 テレフォンオペレータとして入社したのが、地下の電話交換室にはわずかの期間しかいなかった。当時転職を繰り返していたけれど、契約期間の途中でやめて帰ってきてしまったと

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銀座東洋物語。6(幸せな仕事・I)

銀座東洋物語。6(幸せな仕事・I)

 いつのまにか私の体験談になってしまった。しかしなぜ、30年も経った今、あのホテルのことを書こうと思ったか、それを説明させてほしい。
 端的に言って、ホテルは私の仕事の経験のなかでも、一番幸せだったからだ。それは多分、ホテルの最大の目的が顧客の幸せというところにあったからだと思う。
 こんなことがあった。 
 もう時効だとおもうからはなそう。

 そのころ、ホテルは北米のホテルグループを皮切りに、

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銀座東洋物語。2(昭和60年代仕事探し)

銀座東洋物語。2(昭和60年代仕事探し)

「ご要望はお伺いしました。空き状況を確認いたしまして、折り返しお電話差し上げますので、恐れ入りますがお電話番号を頂戴できますか?」
 銀座東洋での仕事の始まりは、このやりとりだった。当時ホテルといえば、泊まる日を伝えれば即座に用意できるかどうか回答があり、ルームタイプの希望や人数、到着時間へとトントン拍子に話は進むものだったが、そうはいかないのがこのホテルの特徴だった。

 私はドイツの日本企業に

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