松下幸之助と『経営の技法』#6

 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
 テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。

1.2/21の金言
 人間の心はまことに面白いものである。伸縮自在で、自由に操ることができる。

2.2/21の概要
 松下幸之助氏は、以下のように話しています。
 人間の心は、孫悟空の如意棒に例えられる。悲嘆のどん底に沈んだ心は、如意棒が小さく縮まった姿であり、そんな時は伸ばしてやる。勇気凛々とした心は、如意棒が大きく伸びた時の姿であり、伸びすぎると少し縮めてやらねばならない。人間が自由に操れる人間の心というものは、まことに面白いものだ。

3.内部統制(下の正三角形)の問題
 社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 この問題では、従業員の気持ちを「操る」ことが問題になりますが、これはまず「経営学」の観点から重要です。経営学は、組織体系や指揮命令体系だけで人を動かすのではなく、従業員の心理状況や、「場」を盛り上げること等も含めて、「人を使う」ことを分析します。経営の定義の1つに、自分自身ではなく他人を使うこと、というものがありますが、その場合、人の心をコントロールすることも重要なテーマとなることは容易に理解できます。
 そして、このことはリスクセンサー機能やリスクコントロール機能の観点からも、重要な問題となります。
 というのも、気持ちが萎えているときには、業務に関するリスクに気づくべき感度や、気付いたリスクを伝えようとする意欲も低下するでしょうし、リスクを取ったり避けたりするために必要なリスクコントロールや決断をする意欲も低下するからです。
 これに対して、気持ちが高ぶっているときには、確かに危険なことをしかねないが、気持ちが萎えている分には、危険なことをしないだろうから、リスク管理上はマシではないか、という考え方があるかもしれません。
 しかし、チャレンジすべきタイミングを逃すことも立派なリスクです。とても大切なチャンスを失うかもしれないので、リスク管理の観点から見た場合であっても、従業員の気持ちが萎えていることは、やはりリスクと言うべきなのです。

4.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 さらに、ガバナンス上のコントロールとして、株主による「適切な」コントロールも期待されるべきです。
 この問題では、経営者の気持ちを「操る」ことが問題になります。
 株主から見た場合、どうしても「牽制」することが中心になるため、経営者が高ぶっているときに落ち着かせることが中心になります。
 けれども、上記と同様、経営者が適切なタイミングでチャレンジできないことは、経営の機会損失になりますので、経営者の気持ちを鼓舞すべき場合も考えられます。
 具体的には、株主総会の場で株主が経営者を激励する質問や演説をする場合もあるでしょうが、社外取締役など、株主を代理すべき立場の機関が、経営者の気持ちを鼓舞する場合の方が、経営の適時判断により近いでしょう。とは言っても、社外取締役などが経営問題に関わる場面は限られますから、これもやはり、あまり現実的ではなさそうです。
 このように見ると、ガバナンスの観点から人の心を「操る」場面は、限られることになります。

5.おわりに
 しかし、根本的にビックリするのは、人心掌握に長けていたことを、松下幸之助氏自身が認めている点です。
 これはつまり、命令や脅しで従業員を働かせていたのではなく、心を「操る」ことで、自発的に仕事をさせていたことを意味します(それが全てではないにしても、後者がより重要だった、ということです)。
 このことから、氏の経営哲学の一端がうかがえます。
 すなわち、契約理論に基づく組織体制と指揮命令系統によって組織を動かす、アメリカ型の経営ではなく、従業員が自発的に働いてくれるようにし、組織が動き出すように働きかける経営なのです。
 命令や脅しで働かせる、委縮した組織よりも、自発的に従業員が働く組織の方が、活力も柔軟性もあることは、誰でも理解できることです。そこで、松下幸之助氏の言葉には、人心をまるで「如意棒」のように操れる経営者になる必要がある、経営者は、人心を掌握できるようになれ、そのようなメッセージが含まれているように思えてなりません。
 どのように感じましたか?


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