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お茶しに行こかっ!


 95才の祖母の手を握る。
 温かく、すべすべで、柔らかい。
 小さな手だなぁ。


 施設の玄関先のベンチで、20分だけ、祖母と面会。母も一緒だ。熱を測り、手を消毒、マスク着用。面会人はふたりまで。

 「ムウちゃん、来たか。」

 「うん」と言いながら、わたしは祖母の手に、小さなおまんじゅうを一個、乗せた。祖母は、おまんじゅうを細かくちぎって、口に運ぶ。

 3年ぶりに会えた祖母は、子どものように、にっこりとわたしに笑いかける。心も幾分、子どもに戻っているようだ。

 わたしのことを覚えていてくれて、心からホッとして、胸がいっぱいになった。元気で、よかった。母の母。生きている、わたしの祖母。

 祖母に、肩掛けの鞄をプレゼントした。黒で波の模様が入っている。気に入ってもらえたようだ。鞄には、祖母の好物のゲンコツ飴とおまんじゅうが入っている。

 「一度に食べちゃダメだよ!」

 母が何度も繰り返す。そのたびに、祖母はえへへと笑う。これは、後から一気に食べちゃうな…

 「お茶しに行こかっ!」

 祖母は、元気よく言う。思わず、母と顔を見合わせた。コロナ対策のため、外出が禁止なのだ。お茶に行きたいけれど、行けないことを、繰り返し、繰り返し、母とわたしで説明する。あぁ、わたしがいると、お茶に行けるって、思うよね…


 祖母が施設に入居してから、祖母と母とわたしの3人で、週1ペースで喫茶店に行っていた。祖母は、コーヒーが大好きで、おしゃべりも好き。

 コロナ禍で、突然、祖母と喫茶店に行くことどころか、会うことすらもできなくなった。面会できるようになって、ようやくわたしも祖母に会いに来られた。

 わたしと母と祖母は、ちょうどふたまわり、24才ずつ、離れている。祖母とわたしは、一緒に暮らしたことはない。たまに会う、そんな関係だった。

 喫茶店に通うようになり、祖母の穏やかだけれど、きっぱりとした人柄を知った。母は、老いていく自分の母を見るのが、辛い様子だ。「昔はしっかりしていたのに」と何度もつぶやく。わたしもいつか、そう思う日が来るのかな。

 祖母は猫舌で、熱いコーヒーは飲めない。母は、熱いコーヒーが大好きで、わたしは、祖母と同じく、猫舌だ。

 母がコーヒーを飲み終わる頃、祖母とわたしは、恐る恐るコーヒーを飲み始める。熱過ぎるコーヒーは、舌を痛め、味がわからなくなってしまうから、いつもドキドキしながら、最初の一口を飲む。

 祖母と、「お先にどうぞ」とコーヒーを勧めあって、結局、わたしが先に飲む。「もう大丈夫だよ、おばあちゃん」そう、わたしは笑いながら言い、祖母も笑う。それを見た、母も笑う。

 祖母と母とわたしなら、会話はどんどん続く。祖母にとっての孫やひ孫のはなし、祖母自身や亡くなった祖父のはなしと、話題はあちこちに飛ぶ。それぞれのペアだと、会話を続けるのが難しいのに、3人なら大丈夫って、不思議だなぁ。



 面会時間が終わっても、「お茶に行きたい」と言う祖母。なんとかなだめて、別れる。

 窓ガラスごしに、祖母がふわふわと、小さな手を振る。わたしは大きく、手を振り返した。

 祖母が元気なうちに、またお茶に行けるようになりますように。




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