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記憶の追い炊き

今から少し話をしよう。 言葉は少し頼りないけど、逃げてしまう前に。 明日、引っ越しがある。 荷物も、記憶の整理もしなければいけない。 君との日々は 一段低いところに置き換えたシャワーみたいにたまらなく愛しかった。そんな思い出。 自分が使うときになって一段あげる、また低いところにあるの繰り返しが愛なんだろうな きみのこれからが優しいシャワーヘッドのように包まれますように。 あ、でも追い炊き機能はもう使えないよ。 だから記憶に蓋をしてね。臭いものでもないんだけどさ

    • 最後に君に。

      最後に君が言った言葉は明確に覚えてないんだけど、「好きって言ってくれたけど別れるという結末を選んだならそれは好きじゃないんじゃないか」とメッセージを送ってくれた。 話したことが伝わってないなと感じた。 僕にとっての「別れる」と君にとってのそれの意味がまず違うんだろうなとも思った。 もちろん別れるという選択肢を選ぶ要因として「好きかどうか」は重要だ。好きではなかったら付き合うことはできない。 しかし今回はその理由ではない。 「これからの将来を共にできる信頼があるか」とい

      • 黄砂

        人生で初めて、相手のことをまだ好きなのに別れを切り出した。すごく気の合う人でとても可愛らしい人でもあった。 もうおはようは言わないんだなって思うと今にも泣きそうだ。 別れを切り出した次の日の朝、前髪が邪魔で少し切った。下手くそだった。泣いちゃうほど下手くそだった。失恋したら髪を切るってよく聞く。 俺が切ったものはなんだったのだろう。 いつも不器用でそれすら愛おしい。 前髪を切ったら視界が晴れると思っていた。 でもまだ、少しぼやけて見える 黄砂のせいかな、

        • あさねむい

          朝が苦手だ、半目のままシャワーを浴び、朝ごはんを食べて、歯を磨き出社する。 目が覚めない、いや、目が醒めない。 これは睡眠の質が悪いのだろうか、それとも時間が足りていないのだろうか。多分前者だろう。 睡眠に向き合う姿勢を変えるべきだ

        記憶の追い炊き

          新卒社会人。チる

          8歳の時に今の家に引っ越してきた それから月日は流れ14年。 大切に育ててもらった両親 暖かく、時には冷たかった実家 「やっと」なのか「とうとう」なのか、あと1ヶ月で1人暮らしが始まる。 様々な思いを胸に、、、なんて事はなく今は期待が胸の中で輝いている。 でも心の中で、少しだけ、少しだけ寂しい気持ちが転がる。転がって、転がって、それがどこかちょうどいいところに、穴に収まることはなく、ただ転がる、転がって転がって雪だるまみたいに大きくなるのか、それとも石みたいに小さ

          新卒社会人。チる

          仕事に行け

          なーにが新卒1ヶ月目で鬱だ、ブラック会社だ そんな会社を選んだのは自分だろ、就活の怠慢が原因だ。このご時世SNSや掲示板を見てサーチすれば社内情報などいくらでも調べることができる。 俺は絶対に仕事に行く。お前ら負けるな、たたかえ

          仕事に行け

          別れ

          これは僕の後悔だ。 生まれてはじめて、友達がこの世を旅立った。 インターネットで知り合い、顔を合わせたことは一度しかない。(2回かもしれないな、天国から怒らないでねごめんよ。) 正直、まだ実感はない。 親族から亡くなったとの連絡と葬儀と告別式の日程の連絡が来たのみだ。亡くなる前日まで彼は同じコミュニティのボイスチャットにあがっており、それを僕は目にして画面を閉じた。 何事もなく明日が来ると思っていた、彼にも僕にも。それは不変だとおもっていた、だが死は普遍だった。誰にでもく

          スカしてる俺カッケー

          本当に僕はそう言う人が嫌いだ みんなが楽しんでる時に楽しくなさそうにする人、話題を提供しているのに興味なさそうに話す人、、、スカしてるんではなく相手に気を遣えてないのがわかっていないのか。 別に一対一ならそれをされても許せる、僕に興味がないからなー、と。 大人数でいて会話をしている最中にそれをやるのはいかがなものか。ましてや20を超えた大学生や社会人がそれをやるのはいかがなものか。 ただただこのような人と話してイライラしてる僕もガキだしくだらないことは百も承知だけれどこんなこ

          スカしてる俺カッケー

          生きる

          死ってなんなんだろう 誰かが僕の知らないところで亡くなって、それに誰かが悲しんで、でも僕はそれを知らない すごく寂しいね 僕はこの人生において2回、死について考える機会があった。 1回目は友達のおじいちゃんの葬式 2回目はいとこの死 1回目は小学生の時のことで、お葬式に呼ばれたけれどただお寿司が食べれて、友達と夜まで遊べたのが嬉しかった。それほどまでに死に対する感覚がなかったのかもしれない。まぁ友達のおじいちゃんとは顔を合わせるくらいでそれほど仲も良くなかったので当たり前

          生きる

          記憶

          人の記憶って声から忘れていくんだって。 記憶は蜃気楼みたいにあやふやだしありもしないことがさもあったかのようになることがある。 だからあまりアテにしてはないけれど。 僕 にとって記憶は敵だ いつも邪魔ばかりしてくる、うざい、 いい記憶は美化されて、悪い記憶は攻撃してくる。たまに殺しにくる、攻撃なんて甘いものじゃない。 タバコとお酒と一緒で記憶にも中毒性があるからいい付き合い方を模索しなきゃね。

          旅、僕の

          10/11 石川に来た。目的は友達と会うため。 特に何かをしようとかではなくただ会って顔を見たくて話をしたくて車を走らせた。 実家のある岐阜から石川までは3時間とすこしで到着するくらいには近い距離にある。 車内での僕はあまり何も考えていなかった、普通だったら緊張するのだろう。初めて会う人間がいる、初めての空気、土地。しかし僕はこれには慣れていた。というかあまり気にする性格でもなかった。なので好きな歌を口ずさみながら、時にはサービスエリアで海を見ながら休憩をしてついに金沢に到着

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