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ゴーゴリ『降誕祭の前夜』に見る、ウクライナのクリスマス

ニコライ・ゴーゴリという作家をご存知でしょうか。

ロシア文学を代表する作家の1人で、社会の腐敗や人間の滑稽さを諷刺する作品を残しています。
日本では芥川龍之介らが影響を受けたと言われています。

ニコライ・ゴーゴリ
Public domain / Wikimedia Commons



今回は、そんなゴーゴリの初期短編集『ディカーニカ 近郷きんごう夜話やわ』に収められた『降誕祭の前夜』という話を取り上げます。

こちらはクリスマス・イブのディカーニカ村(ウクライナ)を舞台にした話で、日本人には馴染みの薄いウクライナのクリスマスの風習を見ることができます。

ディカーニカ村の風景
Андрей Столяревский • CC BY-SA 3.0
Wikimedia Commons


悪魔が出る日

語り手によると、クリスマスイブの日は、年に一度 悪魔が自由に飛び回れる日。
そしてクリスマスの日、早朝の祈祷の最初の鐘が鳴ると、悪魔は自分の洞窟に帰らなければならないのだそうです。
何だかハロウィンと似ていますね。

『降誕祭の前夜』の話の中では、村に出てきた悪魔が空から月を盗んで辺りを真っ暗にしてしまったり、吹雪を起こしたりして悪戯をします。

『降誕祭の前夜』のワンシーンを描いた絵。
悪魔が男を背負って空を飛んでいる。
Public domain / Wikimedia Commons


クチャ

クチャとはくるみやレーズンなどを入れて蜂蜜で味付けした甘いお粥。ウクライナの伝統食で、クリスマスイブには欠かせないのだそうです。

先出の悪魔が月を盗んだのは、村のお金持ちが"クチャ"に招ばれて出かけるのを妨害するためでした。

クチャについては、「おかゆワールド.com」というサイトで分かりやすく紹介されています。


カリャードカ(コリャドカ)

ウクライナでは、若者のグループや教会のメンバーが クリスマスイブの日に家々を回って袋の中に施しを入れてもらう習慣があるそうです。その際に歌うのがカリャードカ。
英語で言うところのクリスマス・キャロルですね。

『降誕祭の前夜』のアニメの中では、このカリャードカを歌いに出てきた集団が 大きな星をつけた桃太郎旗サイズの代物を担いでいます。

YouTube より。
動画はパブリックドメイン


これは、キリストの誕生を告げたベツレヘムの星を表しているのだそうです。
クリスマスツリーのトップに飾る星も同じ意味がありますね。

ウクライナ・フメリニツキー地方の
クリスマス風景を描いた切手。
左端の男の子が桃太郎旗スター
(正式名称がよく分かりませんでしたごめんなさい)
を持っています。
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ウクライナ文学?ロシア文学?

今見てきたように、ウクライナの民話や風習が色々と見られる『降誕祭の前夜』なのですが、ではこれはウクライナ文学じゃないのかと言われると難しい話になります。

理由のひとつは、この話がウクライナ語ではなくロシア語で書かれたものであるということ。

初版本。
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作者のゴーゴリはウクライナ生まれなのですが、のちにロシア帝国の首都サンクトペテルブルクへ移住。
本作品は、当時そのサンクトペテルブルクでウクライナ文化への関心が高まっていた(要するにウクライナブーム)ことを受けて、ゴーゴリが故郷から情報を集めて書いたものだったのです。

ちなみに物語の後半、舞台はサンクトペテルブルクに移り、実在したロシアの女帝エカチェリーナ2世が登場したりします。

エカチェリーナ2世
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更にウクライナを「小露西亜」、ロシアを「大露西亜」と表現していたり、「大露西亜語(筆者注: 現在のロシア語)を操ることができるのを見せびらかす」といった文章も。

つまり、ロシアのウクライナに対する優越感が分かりやすく表れた「ロシア人的視点」で描かれた話でもあるのです。

《補足》
当時のウクライナは、ロシア帝国の支配を受けている立場でした。
またウクライナ語は小ロシア語というロシアの一方言と見なされていました。

ウクライナの記念コインに

しかしウクライナとてこの美しい小品をみすみすロシアに渡すわけにはいかないようで。

ウクライナ国立銀行は、ゴーゴリ生誕200周年記念にあたる2009年、ゴーゴリ本人や『降誕祭の前夜』の登場人物などがデザインされた記念硬貨を発行しています。
ゴーゴリはウクライナのものだ!という主張がひしひしと伝わってくるようです。

Wikipediaの情報をもとに、この記念硬貨を詳しく見てみましょう。

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コインの表面には、『ディカーニカ近郷夜話』の登場人物で構成される円形の構図が描かれており、その中央にはゴーゴリの肖像画が描かれています。
手にペンを持ち、上部に小さなウクライナの国章と「ウクライナ国立銀行」という文字が刻まれ、その下に「50フリブニャ」(およそ200円)と書かれています。

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コインの裏面には、『降誕祭の前夜』の物語が円の中に描かれており、中央にはクリスマススターが0.06カラットのイエローサファイアで表現されています。星の下には「降誕祭の前夜」と書かれています。

ゴーゴリ好きでなくとも欲しくなる!?素敵なデザインのコインです。

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もういっそのこと、「ゴーゴリ生誕の地ウクライナ」「ゴーゴリ作家デビューの地ロシア」みたいな感じでお互いに協力してゴーゴリのメモリアル活動(?)を盛り上げていけば良いのにと思うんですけどね…。

クリスマスの日を変更!?

さてここまで見てきた通り、独自の伝統的なクリスマス文化を持っているウクライナ。
今年ここに新しく「クリスマスは12月25日に祝う」という法案が追加されました。


実はこれまで、ロシアの暦に合わせて1月7日をクリスマスとしていたウクライナ。
この変更により、ロシアとの決別をはかる狙いがあるとされています。

これからも独自の伝統文化が末長く守られていくことを願いながら、最後にウクライナのクリスマス切手をいくつか画像でご紹介します。


1999年発行。ゆるくてかわいすぎるー。
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2001年。こちらはほのぼの系。
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2005年。
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2006年。
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2013年。
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2014年。
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2022年。ロシアによる軍事侵攻が始まった年。
「戦争に引き裂かれて」というタイトルで、右の男性は壁に隠れて銃に弾をこめ直している所だそうです。
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こちらも2022年。
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お読みくださり、ありがとうございました。

関連記事紹介

🇺🇦ウクライナの方であるユリさんの記事
本記事よりも更に詳しくウクライナのクリスマス文化を紹介されています。


🇨🇿チェコにお住まいのKaoRu IsjDhaさんの記事
メインはチェコ伝統の聖ミクラーシュの話題なのですが、このミクラーシュさんもロシアの影響で存続の危機に至ったことがあるそうです。

WBCで多くの日本人のハートを掴んだチェコのお話、ぜひご覧になってみて下さい!

[2023.12.21追記]

やどかりさんの記事の中で、当記事をご紹介頂きました!
私がほとんどすっ飛ばした『降誕祭の前夜』のあらすじを、ポイントを絞って分かりやすくご説明されています。

他の記事では、豊富な読書経験のお話や俳句の創作なども。
つくづくnoteというのはハイレベルなクリエイターの集まりであると実感します。


参考

見出し画像:
ウクライナのクリスマス切手
Public domain
Wikimedia Commons

・文芸社
ロシア近代文学の父ゴーゴリの偉大さを探る

・Wikipedia
Christmas in Ukraine
Коляда  》
ゴーゴリ
ディカーニカ近郷夜話
Новорічні та різдвяні марки України
За твором М.В.Гоголя «Вечори на хуторі біля Диканьки» (срібна монета)

・CNN.jp
ウクライナがクリスマス切手を発売、高校生のデザイン
2022.11.09 Wed posted at 22:01

・ディカーニカ近郷夜話 後篇 02 降誕祭の前夜

・YouTube
▶️『降誕祭の前夜』アニメ

#古典がすき

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