書籍解説No.20 「タニヤの社会学」
こちらのnoteでは、毎週土曜日に「書籍解説」を更新しています。
本の要点だと思われる部分を軸に、私がこれまで読んだ文献や論文から得られた知識や、大学時代に専攻していた社会学、趣味でかじっている心理学の知識なども織り交ぜながら要約しています。
それでは、前回の投稿はこちらからお願い致します。
20弾となる今回は「タニヤの社会学」です。
「『タニヤ』とは」
タイ国内には複数の売春地帯が存在し、その地は世界中から観光客を呼び込み、男たちを虜にしています。
本書のタイトルともなっているタニヤ通りはその一つで、そこはタイの首都バンコクにあるいわば「日本人専用歓楽街」です。
ゴーゴーバーやコピー商品の屋台が立ち並ぶことで有名なパッポン通りとはわずか数十メートルを隔て、平行に走っています。
(旅行のとも、ZenTechより引用)
先ほど歓楽街と書きましたが、実際に足を踏み入れると、そこは路地と呼ぶにふさわしいほどに細く短い通りです。
日中は歓楽街であることを疑うほどに閑散としていますが、日が傾いてくると徐々に夜の街へと変貌を遂げていきます。煌びやかなネオンが点され、日本語表記の看板が乱立し、日本人ホステスを思わせるコスチュームを纏ったタイ人女性達が「イラッシャイマセー」と片言の日本語で男たちを誘います。そして、通りを歩く人のほとんどは日本人旅行者やビジネスマンであり、そこは日本語が盛んに飛び交う空間と化します。
(以下のHPで、タニヤに関する詳細情報が書かれています)
タニヤにあるクラブのシステムは、日本のものと極めて類似しています。
これは日本の会社にありがちな接待文化に依拠したものだといわれており、ホステスを指名して隣に座らせ、酒を呑み、カラオケを歌うことができますが、特異な点はホステスをオフ(店外デートつまりは買春)することができることです。
駐在員のなかにはそれを接待として利用する人も一定数おり、それを目的にタイへ行く人も少なくありません。
【タイの一大産業 ― 性的娯楽】
タイの性的娯楽が一大産業と呼べるまでに発展してきた大きな要因は、50年以上前にさかのぼります。
冷戦期のアメリカは、ソ連を中心とした世界の社会主義化を危惧し、社会主義国であるベトナムとも戦うことになります。いわゆるベトナム戦争です。
同じくインドシナ半島に位置するタイは、アメリカに対して水面下で全面的な協力を約束し、1968年に「R&R(Rest & Recreation)」という条約を結びました。これは、アメリカ軍が保養のためにタイに訪れることを奨励したことにあります。
ベトナム戦争終結後、これがタイの観光産業と結びつくことになります。タイ政府は外貨収入源の確保と女性たちの失業問題という課題に直面したことから、観光産業の復興による外国人旅行客を娯楽産業の新たな客層として呼び込む改革が開始されます。ちなみに、有名なリゾート地であるパタヤもR&R条約を受けて開発された場所だといいます。
そして1970年代後半以降、日本を含む海外の旅行会社は性産業を売り物にしたツアーを次々と企画していきます。
タイの性風俗店は、先進国のそれと比較して料金が安いうえ、未成年売春婦が多く存在することから、日本では1990年半ば頃まで「未成年買春ツアー」が旅行会社によって盛んに組まれるほどでした。今でもインターネットで検索すると怪しげなツアー情報が挙がってきます。
【性産業に従事する女性たち、その背景】
世界では2100万人が人身取引の被害に遭っているといわれています。
そもそも人身取引とは、どのような問題なのでしょうか。
人身取引は、危険な児童労働を含む強制労働、強制結婚、性的搾取、臓器摘出など様々な方法の搾取による非人道的行為で、被害者の権利と尊厳を奪い、肉体的・精神的に深刻なダメージを与える。国際人権諸規約に反する人権侵害であり、国際社会から重要課題として認識されている。
(World Vision ウェブサイトより引用 https://www.worldvision.jp)
アジア地域、なかでも東南アジアは、人身取引が盛んに横行されている地域の1つです。
タイ国内では長らく貧富の格差が生じており、北部・東北部はとりわけ貧困の著しい地域として知られています。その様子は、首都バンコクの煌びやかさからはまるで想像もつかないほどです。
タイの目覚ましい経済発展から取り残された同地域では農業をはじめとした第一次産業で従事する人が多く、更にミャンマーやラオスとの国境付近に位置する山岳地帯には少数民族が各地で集住しており、彼らのなかには十分な教育を受けられず、国籍を有していない人も少なくないため、ブローカー(人身取引業者)にとっては格好の標的となっていました。
更に、人身取引の対象は女性だけではなく、子どもにも及んでいます。
稼ぎ頭である一家の主が加齢や病気などにより従事できなくなると、学齢期の子どもが仕事に駆り出されることになります。あるいは、ブローカーを介して女性や子どもが売買され、風俗店や強制労働の現場で従事させられます。ある人は歓楽街に送られて性産業従事者として働かされ、またある人は漁船や工場といった現場で働きづめの日々を余儀なくされてしまいます。
つまり、一定数の人々は家族のため、生活のため、お金のために性産業に従事しているのです。地方部では、近代的な第二次及び第三次産業に進出することは難しく、所得格差と恒常的な家計の赤字を改善するには、バンコクをはじめとした大都市に出稼ぎに行くしか手立てがない状況です。
貧困層に位置する女性たちは、田舎で貧困に喘ぐ家族の経済援助のために出稼ぎとして都市部に向かうのです。
【何が解決なのか】
近年の東南アジア諸国の発展は目覚ましいもので、タイも貧富の差はあれど国全体としてみれば極めて豊かな国です。「世界一の米の輸出国」の称号はインドに譲ったものの2016年までは世界一を誇っており、一方で日系の自動車部品会社の統括拠点となるなど自動車部品をはじめとした工業部門のプラットフォームにもなっています。
しかし、繰り返しになりますがタイ北部・東北部の農村部には過酷な貧困が現存しています。なぜ娘を売るほどの貧困に陥るのでしょうか。
本著の内容に依拠すると、1970年代からバンコクを中心に広まった物質至上主義が地方にも急速に浸透した結果、「借金による貧困」が蔓延していったといいます。
農村部での労働では微々たる賃金しか得られない一方で、テレビや冷蔵庫といった家電の購入によって借金を背負い、その返済と更なる現金収入への欲望から、手っ取り早く高収入が得られる性産業へと人々を駆り立てるといいます。
人身取引の被害に遭う恐れのある子どもたちを保護している施設の職員に伺った話では、性産業に従事する娘からの送金を田舎の両親は貯金に充てず、家の改築や生活家電といった耐久消費財を後先考えることなく購入し、なかには父や兄弟が麻薬や売春に利用するといったケースもあるといいます。
人身取引の問題解決には、上述した道徳面のほか、以下のような課題の克服も必要です。
①正当な所得再分配(富裕層や権力者の公正及び不公正の蓄財の解消)
②警察の腐敗体制の撲滅
③売春婦の失業に伴う受け皿の創出
タイ国内にある性産業はいくつもの要因が複雑に絡み合っており、そこには政府組織や警察の利権も絡んでいる場合が多いことから、改善は困難を極め、今日に至るまで状況は大きく変わってはいません。そして、今なお世界中から男たちを引き寄せます。
人身取引が人道上許されない問題であることは言うまでもありませんが、諸制度の再編なしにそれを撲滅することは、また新たな弊害を被ることが予想されます。上述したような雇用の保障といったセーフティーネット及び所得再分配の改善なく撲滅してしまうことは、多くの労働者を再び路頭に迷わせることになります。
以下のリンクは、「闇の子供たち」というタイの人身取引をテーマにした小説の内容をまとめた記事です。
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