【3月30日 土地の日】
皆様こんにちは。
前回の投稿はこちらからお願い致します。
パレスチナ人にとって特別な意味を持つ「土地の日」まであと10日ということで、今回は難民キャンプの記事ではなく上記のテーマについて綴っていきます。
【2018年3月30日】
昨年3月30日、ガザとイスラエルの国境線付近にて、祖国への帰還を求めた大規模デモが発生しました。非武装のパレスチナ人のデモ隊に対してイスラエル軍は銃撃を行い、1日で15名の死者、1700名の負傷者を出す事態となりました。
こうした事態を受け、パレスチナ自治政府のアッバース大統領は、3月31日を追悼の日にすると発表しました。
30日の帰還の大行進には、パレスチナ側の発表で1万7000~5万人、イスラエル側の発表で3万人が参加したと言われています。
ガザを実効支配しているハマースはこのデモ活動を事前に予告しており、それを受けてイスラエル側は29日までに境界地帯での警備体制を強化し、約100人の狙撃兵を配置した上、メディアの取材を排除するために同境界地域を「軍事閉鎖地域」に指定していました。イスラエル側は、生命の危機があれば発砲すると事前に警告しており、現イスラエル首相ネタニヤフ首相も兵士らは正しく行動したと主張し、その行動を称賛しています。
また、イスラエル側はデモ隊からの発砲があったと主張しているのに対し、ハマース側はイスラエル軍が境界フェンス付近にいた丸腰の住民への実弾射撃を実行したと主張しており、双方で食い違いも生じています。
30日、ヨルダン川西岸地区では抗議のゼネストが実施されました。同日夜に国連安保理は緊急会合を開催し、イスラエルに対する非難声明を出そうとしましたが、米国の反対によりこれが否決されてしまいます。
【『3月30日』が特別な日になるまで】
この日がパレスチナ人にとって特別な意味を持つに至ったのは、過去に起きた一つの大きな事件が発端です。
1976年3月30日、ガリラヤ地方の広大なパレスチナ人の土地がイスラエルによって接収されます。それに対して行われた抗議デモで、パレスチナ人6名がイスラエル軍によって殺されました。
この事件を受けて、イスラエルによる土地接収に対する抗議とパレスチナ内外におけるパレスチナ人の連帯を訴えるために3月30日を「土地の日」とし、毎年この日にはパレスチナのみならず世界各地で記念の連帯集会が開かれるようになりました。
今年も例によって、世界各地で集会やデモ活動が行われるはずです。そして昨年のように、イスラエルによる攻撃が行われることも大いに予想されます。
離散から70年以上が経ちますが、パレスチナの地をめぐる問題は一向に出口が見えない状況です。それでも彼らは、家族、土地、故郷を失ってもなお、自分達を見舞った歴史的不正が正されること、祖国への帰還を求めて叫び続けています。
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