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ショートストーリー

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短い創作小説を置いています。
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#小説

黒猫(ショートストーリー)

ある日、黒猫を見た。 結構大きな猫だった。 私はイラストやアニメに描かれる黒猫は好きだけれど、本物は少し怖い。 鋭い眼差しで、こちらの心の奥底を覗かれているような気がするのは私だけだろうか。 それから1週間ほど過ぎた時、私はまたあの黒猫に出会った。と言うより黒猫が私の後を歩いていたのだ。 私は気配を感じ、ふと振り向いた。黒猫は私が振り向く事を想定してなかったようで、一瞬猫の目が泳いだ。 「うちでは飼えないよ」 思わず声をかけた。 黒猫は姿勢を低くし、私を上目遣いで見据え

知らない女(ショートストーリー)

賃貸マンションに住んでいる。 社宅として会社が契約してくれているので助かっているし、少し古いが駅近などの利便性にも満足している。 休日、出かけて帰宅したが鍵は掛かってなかった。 確かに鍵をかけた。スペアキーは部屋の中に置いてあるはずだし。焦る。 音がしないように、そっとドアを開けた。狭い上り口に揃えられた一足の赤いハイヒール。もちろん私のものでは無い。侵入者がいるのは間違い無い。 物音を聞きつけたのか、女が姿を現した。 「おかえり、待ってたのよ」 「あんた、誰だ!ここ

銀河の片隅で(ショートストーリー)

ただただ、宇宙は広い。こんなお話はいかがでしょうか。 銀河の片隅に青い小さな星がありました。 小さな星はひとりぼっち。 少し離れたところに赤い星があるのですが、赤い星はずっとどこか遠くを見ているままで、一度だって小さな星の方に顔を向けてはくれません。 小さな星の周りに赤い星以外の星は見当たりません。 小さな星は時々歌を歌います。流れ星達が通り過ぎる時、歌を歌いながら落ちていくのです。その歌を小さな星は覚えているのです。 小さな星が歌を歌えば、赤い星が一緒にハミングしてく

タオル(ショートストーリー)

私の住んでいるアパートには風呂が無い。 なので、斜向かいにある銭湯を利用している。この辺りの少し古いアパートには風呂が無いところが多い。銭湯でのふれ合いは結構気に入っている。顔馴染みも増えた。 ある日、番台で料金を払った後にタオルを忘れた事に気づいた。 今日の番台には、いつものおばあちゃんでは無く若い女性が座っている。お孫さんだろうか。 「すいません、タオルを忘れたので一枚ください」 「ちょっと待ってくださいね」そう言って彼女は番台の周りを探してくれたがなかなか見つからな

青と桃(ショートストーリー)

「ねえ、桃ちゃんてさあ。何で青い服ばかり着てるの?名前が桃なんだから、ピンクの服を着なよ」 マナはちょっと口を尖らして言った。 「うん、いつもと違う色の洋服を買おうとお店に行っても、結局同じような服になるんだよね」 私はそう言ったが、それは本当ではない。 私は青い服を着ていたいのだ。似合うのはマナが言うように、淡いピンク。 私は覚えている。前世の記憶。青の事。 私のその時の名前は今と同じ、青の名前も前と変わっていないと思いたいが、どうだろうか。 生まれ変わったらと約束

黒猫ジジのハロウィン

ここ、動物のタレント事務所は、夏になると黒猫タレントが引っ張りだこになる。 言わずと知れた、ハロウィンの写真撮影の追い込み。 事務所の商標は、魔女の宅急便のジジによく似た黒猫になっている。魔女の宅急便が上映されるより前からなので商標はジジではないのだが、殆どの人は商標はジジだと思っている。事務所はわざわざ否定はしない。 しかも、黒猫タレントにジジと名前をつけている。今のジジは何代目だろう。ジジの名は霊験あらたか。 そんなわけで、ジジは猫タレントの中ではダントツの稼ぎ頭。

【ピリカ文庫】 ラブレター

あなたは覚えているのだろうか。 私達の出会い。私達の結婚。私達の笑顔。そして私達の別れ。 走馬燈のように、私の周りを全ての出来事が光に姿を変えて回り始めている。 それは何の意味も持たないが、ただ私は見ている。 見ていたい。 あなたの顔を思い出したいのに、思い出せない。あれ程あなたを見つめていたのに。 あなたの声はどこかにいってしまって、私に向けられる事が無くなった時も、あなたの言葉をじっと待っていた。 でも、こんな時にあなたを、こんなふうに思い出すのは避けるべきだ。あなた

国道69号線(#2000字のホラー)

車に乗っていて、不思議な世界に迷い込む話は時々お目にかかるが、私の場合は少し違う。 我が家のマイカーは3年前に廃車にした。 私達夫婦は共に七十代を迎えるのを機に、免許も返納したが、交通環境に恵まれた土地に住んでいるので問題無く過ごしている。 夫婦のアルバムには、結婚してから五台の車にお世話になった事が明確に示されている。家族構成が変わる度にアルバムは増えていく。その頃は活気があり、車も張り切って私達を運んでくれ、子供達が巣立って行くと、車は歳を重ねた私達夫婦を柔らかい時間

蛍のホテル

ある水辺に、あなたが決して訪れる事ができない ホテルがある。 行けないのも当然。ここは蛍だけ、蛍の為だけのホテル。 場面はこのホテルの地下にあるbar。 蛍の男達が寛いでいる。 「いらっしませ」従業員は絶え間なく声を出す。 命の乱舞を終えた蛍達が集まり始めているのだ。 男達が息も絶え絶えにやって来る。 最初で最後の刹那的な恋。 生涯ただ一つの権利であり義務。 終わったんだ。 彼らは、、、最後の静かな時間を過ごす為にここを 訪れた。  蜂のバーテンダーの作ってくれたカ

草原の少女(後編)

さて、場所は変わる。 ネリン達の小屋の中。お祖父さんは、子供達にベリーのシロップがタップリ入ったお茶を出してくれた。 アンは水をもらった。 お祖父さんは自分の為にコーヒーを入れ始める。大人の香りが子供達の鼻を擽る。 お祖父さんは、コーヒーを一口すすると少女に話しかける。 「君は何か、頼みに来たんだね?」 「はい」 「その為にアンを案内人にしたんだね?」  「はい」 「アンとはずっと前から知り合いだったね?」  「はい、アンちゃんが小さい頃から仲良くしていました。」 「そう

草原の少女 (前編)

結構昔の話。「Rの国」そう呼ばれる小さな国があるのを知っていますか? その国にネリンと言う名の12歳の少年が住んでいました。彼はお祖父さんと二人で、慎ましく穏やかに暮らしています。 ネリンの両親はネリンが幼い頃、不慮の事故で亡くなり、ネリンを慈しみ育ててくれたお祖母さんも昨年亡くなりました。 お祖父さんと二人だけで暮らすのは寂しい事ではありましたが、お互いを心の支えとして仲良く暮らしているのです。また、自然の中での小さな楽しみや出来事は二人を強く結びつけているのです。

反射

レースのカーテンが揺れる。 窓の外に目をやれば、春の光が口笛を吹きながら通り過ぎてゆく。 そう、新しい口紅と春色のスカーフを買いに行こう。 私は、落ち込むのも早いが、立ち直るのも早い。 そして、旅に出るのだ。全てを捨てて。 イケナイあの人は、隣の部屋で眠っている。 さよならは言わないつもり。 ドアを開けると、眩しくて目を開けていられない。 爽やかな風が吹き抜ける。 これ以上旅立ちにふさわしい日は無いだろう。 明るい未来に向かって、私はドアを後ろ手に閉める。 少しだけ