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青と桃(ショートストーリー)

「ねえ、桃ちゃんてさあ。何で青い服ばかり着てるの?名前が桃なんだから、ピンクの服を着なよ」

マナはちょっと口を尖らして言った。

「うん、いつもと違う色の洋服を買おうとお店に行っても、結局同じような服になるんだよね」
私はそう言ったが、それは本当ではない。
私は青い服を着ていたいのだ。似合うのはマナが言うように、淡いピンク。

私は覚えている。前世の記憶。青の事。
私のその時の名前は今と同じ、青の名前も前と変わっていないと思いたいが、どうだろうか。

生まれ変わったらと約束した私達。
青は私と同じこの世界にいるのだろうか。
別に何のサインも決めなかった。会えば一瞬でわかる。そう信じていた。でも、最近少し不安になり、私は青い服ばかりを着るようになったのだ。青が私を見つけてくれるように。勿論、気休めに過ぎない。青い服なんて、大して特別なものではないのだから。でも、私はそうしたかったのだ。

知らず知らず、私はピンクの服を着た男の子がいれば、気になるようになった。そっと観察する。ピンクの服は私に対する合図かもしれないではないか。
でも結局、否定の言葉しか浮かばなかった。

青は、私の近くにはいないのかも知れない。
この世界で生を受けて、まだまだ17年。
焦る事は無いと自分に言い聞かせた。


あれから3年が過ぎ、私は大学生になっている。
相変わらず、青には会えず。
私は時々しか青い服を着なくなった。
もう青には会えないような気持ちがし始めていた。そして,ピンクの服を買う事が増えた。私を一番美しく見せてくれる事を知っているのだから。

私に気持ちを打ち明けてくれたヨウ君と時々出かけた。先ずは友達からで良いからと言ってくれたのが嬉しかった。

正直、私は未だに会えない青の事を考えている時間が少なくなってきているのに気がついていた。
会えるか会えないかわからない青の事より、近くで私に寄り添ってくれるヨウ君に次第に傾き始めていた。


夏休みが終わる頃、高校の同窓会が開かれる事になった。
久々にマナに会える。メールや電話で連絡は取り合っていたが、会うのは久しぶり。

彼女は東京の大学に在学していたが、早々と婚約をしたと報告してきていた。
同窓会の前に紹介したいと言うので、以前マナと足繁く通った古いパーラーで落ち合うことになっていた。

そして当日。

二人はすでに入店していた。
マナがすぐに私に気づき,手を振りながら立ちあがった。マナの彼の後ろ姿も立ち上がりこちらに顔を向けた。

少しの緊張と懐かしい思いで、二人の席に急いだ。

マナの婚約者はマナとお揃いの青い半袖のシャツを着ていた。私は彼を穴の開くほど見つめてしまった。もしや?まさか?

「桃、彼が婚約者の森祐介」
彼は頭を下げた。
「森です。あなたの事は、マナから聞いています。よろしくお願いします」
マナは、彼が二つ上の先輩である事、二人の馴れ初めなど話しだしたが、私はほとんど耳に入らなかった。
私は森裕介と名乗る男性から目が離せない。
青いシャツが似合う、優しい眼差し。彼はやはり……。

「あなたに、初めてお会いした気がしないです。彼女から色々聞いていたからかな。私がイメージしていたそのままですよ」
そう言って彼は微笑んだ。

三人での会話は、ほとんどマナの一人舞台だった。私は胸の中に渦巻く感情を,どうしたら良いのかわからなかった。彼よりもマナに目が行きだした。後ろめたい気持ちがそうさせたのか。

マナは何かを感じ取ったのか。不安な表情を私に向けた。

森はマナに耳打ちすると、立ち上がった。
「女性同士で、話したい事がたくさんあるでしょう。私もこの先に友人がいるので訪ねてみます。桃さん、お会いできて良かった。今後とも、マナと仲良くしてください」
そう話して頭を下げた。
またマナに向き合って
「後で」
そう言って会計を済ませてくれて店を出ていった。

二つしか違わないのに、社会人となるとその動きも表情も大人に思えた。

「素敵な方ね」
私は本心からそう言った。

「うん、私もそう思う」
マナは微笑みながら答えた。
「桃、だからって、私の彼に惚れちゃだめだよ、彼は……青じゃ無いわよ」

「なぜ、あなたが青の事知っているの?
私は誰にも青の事を話した事は無いのよ」
信じられない彼女の発言は、十分な威力で私を打ちのめす。

「桃、わからないの?私が青だったのよ」

「マナ、あなた女の子じゃない」
「転生しても性別は変わる事もあるのよ。私は高校に入学した時、すぐにあなたの事わかったわ」

私は頭の中の混乱をどう扱ったいいのかわからなかった。

「ねえ、桃。私はあなたとの前世の約束を守れないし、あなたも青を探す必要もなくなったのよ。私は自分が青だって、あなたに話すつもりはなかったけれど、あなたが裕介に興味を持ったのがわかったから、告白する気になったの。私、彼を愛しているの。あなたに取られたく無い。わかって」

まだ混乱の中にいる私にマナは言った。
「私、同窓会には出ないわ。明後日から彼の海外出張に同行するの。新婚旅行の前倒しよ。結婚式にはあなたの彼と出席してくれると嬉しいわ」

マナは言いたい事だけ言うと店を出て行った。
無性にヨウ君に会いたくなった。
私は彼に電話をするためもあり、一人残された席を立ち、店をあとにした。


その頃、マナは泣きながら歩いていた。
桃、ごめんなさい。私は彼を失いたく無い。あなたの青は彼なの。彼が酔った時、前世の話を聞いたんだ、私。
ただね、彼はね、桃、あなたの名前を思い出せなかったのよ。


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