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知らない女(ショートストーリー)

賃貸マンションに住んでいる。

社宅として会社が契約してくれているので助かっているし、少し古いが駅近などの利便性にも満足している。

休日、出かけて帰宅したが鍵は掛かってなかった。
確かに鍵をかけた。スペアキーは部屋の中に置いてあるはずだし。焦る。

音がしないように、そっとドアを開けた。狭い上り口に揃えられた一足の赤いハイヒール。もちろん私のものでは無い。侵入者がいるのは間違い無い。

物音を聞きつけたのか、女が姿を現した。
「おかえり、待ってたのよ」
「あんた、誰だ!ここには金目のものは無い!」
声を荒げた私に、女は太々しく言い放つ。
「あなた、入居の時、鍵を付け替えなかったのね」
「大家は付け替えたと言った」
「あのケチな男がそんな事しないわよ」
「まあ、入ってよ。コーヒーでも入れるから。インスタントで悪いけど」
女の物色は終わっているようだ。

私は自分の部屋の椅子に居心地悪く腰かけた。

女は慣れた手つきで湯を沸かし、お客用のマグカップを当然のように二つ取り出した。ついでのように、朝使った食器も手早く片付けていた。湯が沸き、彼女はコーヒーの粉と湯をカップに注ぐ。ヤカンの湯は二つ分のカップにピッタリの量だった。

「それで、この部屋に何の用だ。私の前に住んでいたのか?」
女は答えない。赤い口紅がコーヒーを飲む。

私もコーヒーを一口飲む。私好みの少し濃いめだ。
「で、何しに来た?キーは渡せ」
女は肩をすくめる。
「スペアキーは一つとは限らないわ」
そう言いながら、彼女は所在なげに、またカップを持ち上げた。
「警察に来てもらった方がよさそうだな」
私は少しイラつき始めた。

「警察が来ても、あなたが恥をかくわ」
「どう言うことだ」
女は組んでいた足を入れ替えた。
綺麗な足だ、いやいや、今はそれどころじゃ無い。

「私は大家の娘よ」
「大家の娘が入居者の部屋に勝手に入って良いわけないだろ。住居侵入罪だ。大家の娘と言われて誰が信じるものか」

すると女は携帯を取り出し、どこかに電話をした。
「503にすぐに来て」
5分もしないうちにチャイムが鳴った。

女は玄関を開けた。
「パパ、上がってよ」
お前が勝手に言うな。そう言いたかった。
現れたのは大家、彼女は本当に大家の娘なのか。いや、パパ活娘?


「亜紗美、いい加減にしないか」
大家は開口一番に彼女を咎めた。

「すみませんねえ、森さん。このバカはウチの末っ子でね。女の子は一人だもんで甘やかしてしまいましてね、こんな破天荒な子になったんですよ」

「あら、パパが言ったのよ。503号室の人みたいな人にもらって欲しいって。だから私、見学に来たんじゃない」

ガキじゃあるまいに、いいお大人がする事とも思えない。
亜沙美という女の精神年齢はどうなっているのか、まともではないのだろうか。
私はあり得ない出来事に少なからず動揺していたし、いきなり結婚というワードが頭の中で渦巻き始めた事にも戸惑っていた。

「帰ったら鍵が開いていて、彼女が部屋にいたので驚きました」
そう大家に告げた私に、彼は頭を掻いたり下げたり忙しい。
「本当に申し訳ありませんでした」
大家はそそくさと娘を促し帰って行った。
彼女は悪びれた様子もなく、私に笑顔で手を振った。

嵐が吹き荒れた後の静けさだけが漂っている部屋。
テーブルの上には、空のマグカップが二つ。
彼女のカップに口紅は付いてはいなかった。


(了)



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