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タオル(ショートストーリー)

私の住んでいるアパートには風呂が無い。
なので、斜向かいにある銭湯を利用している。この辺りの少し古いアパートには風呂が無いところが多い。銭湯でのふれ合いは結構気に入っている。顔馴染みも増えた。


ある日、番台で料金を払った後にタオルを忘れた事に気づいた。
今日の番台には、いつものおばあちゃんでは無く若い女性が座っている。お孫さんだろうか。

「すいません、タオルを忘れたので一枚ください」
「ちょっと待ってくださいね」そう言って彼女は番台の周りを探してくれたがなかなか見つからない。

「あ、ありました」
そう言って彼女が差し出したのは、いかにも売れ残りにみえるピンクのようなオレンジのような、ボケた色のタオルだった。

「なんか、古そうですねー、百円のシールが貼ってあるけど、どうします?」

「取りに帰るのも面倒なので、いただきます」
「袋、外しておきますね」
「はい」 

そのハズレのように見えたタオルは、なかなか泡立ちも良く、優しい肌触り。滑るように私の身体をキレイにしながら、私の無駄な思いまでも洗い流してくれるようだった。あまりの気持ち良さに目を閉じて、そのまま顔まで洗った。
こんなタオルがあるなんて、知らなかった。

五日ほど、番台には若い彼女が座っていた。

そして、おばあちゃんが番台に帰ってきた。

「しばらくお顔が見えませんでしたね」
「ひ孫が生まれてね、子どもにも孫にも女の子がいなかったので、嬉しくて顔を見に行ってたんだよ」

「おめでとうざいます。良かったですね。
昨日まで番台に座っておられた方、お孫さんかと思ってました」
「あの子は友達のお孫さんでね、一度番台に座ってみたいって言ってたので頼んだんだよ」

おばあちゃんは、私の顔を穴の空くほど見つめている。

「あんた、なんだか、きれいになったね、そんな顔だったかね!イヤイヤ変な事言ったね、ごめんよ」

おばあちゃんに言われなくても私自身が実感していた。
あのタオルを使うようになってからだ。まさに魔法のタオル。こんな事があるなんて、今でも信じられない。ただ、使う度にタオルは少しずつ小さくなっていく。

これからは、顔だけのために使う方が良いのかもしれない。タオルが少しは長持ちするのではないか。いや、1日おきとか、工夫が必要かも。いや、タオルが無くなったら元の顔に戻る?イヤイヤ嫌だ!

しかし、タオルを使わないという選択肢はあり得ない。知ってしまったからには。

そしてタオルは3㎠ほどになってしまった。タオルは役目を終えたかのように小さなボロ布と化したのだ。

恐れていた日が訪れた。私はどうなるのだろう。
そう思って鏡を覗く。元に戻っている気がした。というより前の顔が曖昧にしか思い出せない。そんなものかもしれない。

私は素敵な夢を見せてもらったのだと思いなおした。
この平凡な顔は両親から貰ったものなのだ。愛しい顔だ。

私は残った小さな布を、お気に入りの小さな箱に入れた。
ありがとうと言いながら引き出しにしまった。
捨てる気にはなれなかった。


あれから半年が過ぎた。
私は今、番台に座っている。
銭湯のおばあちゃんの御孫さんと、縁があり結婚した。
おばあちゃんは、ひ孫の女の子の家に足繫く通って、子守りをして喜ばれているそうだ。私の番台の仕事も板についてきた。

そう、あの不思議なタオルは、私にとって神様の贈り物だった。
その神様からの贈り物の小さくなった布は、私の結婚が決まった日にお礼を言うために箱を開けたら消えていた。
私と、おばあちゃん、夫との縁を結んでくれたタオル。ありがとう。

どうぞ、この縁は小さくなりませんように。消えませんように。



(了)1,468文字



今朝方、番台に座っている夢を見ました。
夢を見たのは、随分久しぶりです。
お客さんとタオルがどうとか言っている夢でした。夢を見た事がきっかけで書いた話です。


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