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草原の少女(後編)

さて、場所は変わる。
ネリン達の小屋の中。

お祖父さんは、子供達にベリーのシロップがタップリ入ったお茶を出してくれた。
アンは水をもらった。
お祖父さんは自分の為にコーヒーを入れ始める。大人の香りが子供達の鼻を擽る。
お祖父さんは、コーヒーを一口すすると少女に話しかける。


「君は何か、頼みに来たんだね?」
「はい」
「その為にアンを案内人にしたんだね?」 
「はい」
「アンとはずっと前から知り合いだったね?」 
「はい、アンちゃんが小さい頃から仲良くしていました。」

「そうか、、 」

「お祖父さん、どう言う事?」
少し強い調子でネリンはお祖父さんの言葉を遮った。

「君から話してくれるね?」
「はい、おじいさん。」少女は頷く。

少女はカップのお茶を綺麗に飲み干した。そしてニッコリ微笑んだ。
「お祖父さん、ネリン、そしてアンちゃん、たくさん驚かせてごめんなさい。そしてありがとう」
話しは続く。
「私はニレの木です、と言うか守る者、んー、その両方?かな?」
「私は昔から、この草原にいます。あなた方より、ずっとずっと昔からです。仲間の木は無く、私だけで」


お祖父さんは目を閉じ、口をはさんだ。
「私も小さい頃、あんたにのぼって遊んだよ」
 
「ええ、覚えています」懐かしげに、少女は返した。
「私達とあなた方とは寿命が違います。私の仲間には千年以上の長寿の者もあると聞いています。それは、一人ぽっちで過ごすには、寂しい事です。人間や生き物達が遊びに来てくれるのは嬉しい事ではありますが、、」

「ねえ、僕、これまでよりもっと君に会いに行くよ!」
ネリンは身を乗り出す。、
「ありがとう、ネリン」
「でも、こうしてあなたやアンちゃんと話ができるのは、私の一生でも何度も無い、、、。
今日は特別な日なの。一度でいいからあなた方と会って話をしたかった」
少女の目が潤んできた。

「そんな貴重な日に、わしらに会いに来てくれて嬉しいよ」
お祖父さんは優しい声で少女に話かける。
「わしは思うのだが、君の枝で何本か挿し木を育て仲間を増やすと言うのはどうかな?」
「ある程度大きくなるまでここで育てる。それから君の側に移植する」

少女の潤んでいた目から、涙がこぼれた。

「おじいさん、ありがとうございます。
一人ぽっちは宿命、運命と思いあきらめていました」

「上手くいくと良いが、、、やってみない事には何も変わらんからな」とお祖父さん。
「お祖父さん、ぼくも手伝うよ!」
ネリンは力強く賛意を示す。
アンもニャ〜と同意を示す。
誰もアンが喋らなかった事に気づかない。

「ネリン、アンちゃんありがとう、ありがとう」
手で涙を拭う少女に、おじいさんは優しく肩を抱く。
ネリンは彼女にハンカチを差し出した


少女は少し落ち着きを取り戻し、ネリンに話しかけた。
「ネリン、あなたにもお願いがあるの」
「僕に?できることなら何でもするよ」
ちょっとだけ、緊張した声に聞こえた。

「私に名前を付けて欲しいの。私はニレの木だけど、そうじゃなくて私だけの名前。それをお願いするためにあなたに会いたかったのよ」

「ネリンとかアンとかだよね?」と、ネリン。
「そう、その人の為のその人だけの名前」少女はゆっくりと話す。

「だったら、僕には一つしか浮かばないよ」「何?」
少し間を置いてネリンは答える。
「マリサ」

お祖父さんの声にならない声が聞こえた。
何と言ったかはわからない。

「ネリンのお母さんの名前ね」と少女。
「知ってたんだね」と、ネリン。
「本当に私がお母さんの名前をつけてもらってもいいの?」
「勿論だよ、お母さんもきっと喜ぶと思うよ、ね、お祖父さん」
「そうとも、小さいマリサ。その名はネリンにとって一番大事な名前だよ」
「ありがとう、ネリン、おじいさん。
私、とっても嬉しいです」

彼女は小さな声で「マリサ」とつぶやいた。

「私は一度、ネリンのお母さんに会った事があるの」
「本当?僕が小さい時に亡くなったから、僕は覚えていないんだ」

「アンちゃんが小さい時、私に登って降りられなくなった事があるの。アンちゃんを探しに来たお母さんが、アンちゃんを降ろすために、私に登ったのよ」

「アンちゃんに呼び掛けるお母さんの優しい声を、私は覚えているわ。その時、名前を呼んでもらっているアンちゃんがとても羨ましかった」
 
「そして、お母さんはアンちゃんを抱っこして私に耳を当てて、私の生命の音を聞いてくれたのよ。そして、私もお母さんの生命の音を聞いたの。とても綺麗な音だった。きっとアンちゃんも同じように感じたと思うの」

その時、声がした。
「アン、大きいマリサ好き、
アン、小さいマリサ好き」

「アンちゃん、ありがとう。」
マリサはアンを抱き上げた。
お祖父さんもネリンも驚いた。アンが元の黒猫に戻っているのに、はじめて気がついたのだ。アンはウットリと目を閉じている。

「アンちゃんには黒い色が一番似合っているわよ」
アンはマリサの顔を見上げた。アンがうなずいたようにも見えた。

「ネリンとお祖父さんに、どうしても伝えたい事があるのでしょ。もう直ぐ話せなくなるわ」アンを撫でながらマリサはアンを促す。

アンは急にハッとしたように、ネリンとお祖父さんの正面に駆け寄った。 

ネリンとお祖父さんは、少なからず緊張した。アンには言いたい事がたくさんあるのかもしれない。二人は思わず顔を見合わせた。

アンは少しモジモジしていたが、急にお祖父さんに飛び付き、いつものようにお祖父さんの肩に乗った。
そして、お祖父さんの耳元で結構大きめの声でハッキリと言った。
「おじいさん、いつもありがとう!大好き!」

次にネリンの胸元に移動し、少しからだを伸ばすようにして、ネリンの耳に鼻面をくっ付け、今度は少し小さい声で、ささやいた。
「アン、ネリン大好き。ネリンはアン大好き、大好き?」
「もちろんだよ。それが言いたかったの?そんなのわかってると思ってた。お祖父さんも僕もアンの事が大大好きだよ、ね、お祖父さん」

「そうとも、アンは、大切な大切な家族だよ」

二人と1匹の様子を見守っていたマリサの声が優しく響く。

「おじいさん、ネリン、アンちゃん、本当にありがとう。素敵な贈り物をたくさんいただきました。これからもニレの木に遊びに来てね。マリサの事も忘れないでね」そう言い終えると、マリサは居なくなった。

「マリサ、さようなら、元気でね」
ネリンはマリサが今までいた場所に向かい、大きく手を振った。


あれからネリン達はニレの木の挿し木を育てています。
数年の間に、結構たくましく育っているようです。
マリサの側に移植する日は、遠からず訪れるでしょう。


おしまい

草原の少女(前編)

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