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黒猫ジジのハロウィン

ここ、動物のタレント事務所は、夏になると黒猫タレントが引っ張りだこになる。
言わずと知れた、ハロウィンの写真撮影の追い込み。
事務所の商標は、魔女の宅急便のジジによく似た黒猫になっている。魔女の宅急便が上映されるより前からなので商標はジジではないのだが、殆どの人は商標はジジだと思っている。事務所はわざわざ否定はしない。

しかも、黒猫タレントにジジと名前をつけている。今のジジは何代目だろう。ジジの名は霊験あらたか。
そんなわけで、ジジは猫タレントの中ではダントツの稼ぎ頭。


今年もハロウィンがやって来た。
流石に当日のこの日、ジジの仕事は休み。
ジジは事務所をそっと抜け出す。たまにこんな事があるが、ジジは必ず戻って来る。社長が知ったら大騒動するだろうが、従業員達は見逃している。まあ、頑張ってくれているご褒美のようなものだ。


ジジは大きく深呼吸する。仕事で外に出る事はあるが、ゲージに入れられて車での移動。自分の足で外に出るのは久しぶりだ。
頭も身体もほぐしたかった。

「さて、どこに行こうか」
ジジは軽く走り出した。目的は無いが、とにかく走りたかった。

しばらく街を走っていたが、妙な匂いがしてきて、思わず立ち止まった。
ジジとて猫のはしくれ、嗅覚は優れている。
嗅いだことは無い匂いだが、生き物である事はわかった。辺りを見回しながら、匂いの主を探した。

いた。ビルとビルの隙間に、鳥とも動物とも判断しにくい生き物が隠れていた。

「君は誰?何をしてるの?」
そう声をかけた。
ジジは優しく声を掛けたつもりだが、そいつは返事もせず震えている。
「僕はジジ。恐く無いよ。お腹はいっぱいだから君を食べたりしないよ」

少し安心したのか、そいつはやっと口を開いた。
「助けてくれ、羽根が引っかかって出られなくなった。私はコウモリだ」
「コウモリ!本物は初めて見た。なるほど、君がコウモリか」ジジはシゲシゲと彼を見た。
「なあ、助け出してくれるのか?」
ため息まじりに彼は言った。

彼の羽根がコンクリートの荒い凸凹に挟まっているのを確かめると、ジジは器用に口で外してやった。
「助かった、ありがとう」コウモリは狭いところから出てきた。

「黒いな」二人はお互いを見て、同時に呟いた。
 
「帰るのか?」ジジは聞く。
「いや、夕方までここで待つ。昼間は苦手だ」
「そうか、猫も元々夜行性だが、人間と生活しているとな」
「人に飼われているのか?自由に生きたく無いのか?」
「生まれた時からだから、よくわからん」
そんな会話をした。

黒猫とコウモリ。ハロウィンのメンバーだな。そんな事をジジは思った。
ここで魔女が箒に乗って通りかかれば、冒険の旅が始まるか、ハロウィンパーティーに繰り出す事になるかも。まあ、そんな都合よくはいかないな。

「ねえ、猫君。君、暇かい?」
コウモリが尋ねた。 
「ジジと呼んでくれ。君の名は?」
「ララ」
ララ、女の子の名前みたいだが、コウモリの世界では、男の名前なんだろうと思った。

「暇なら付き合わないか、ジジ」
「どこにいくのさ、僕は飛べないよ」
「そんな事わかってるよ。私の背中に乗れば良いさ」
ララは簡単に言ってのけた。
「どう見ても、僕の方が大きいし、重い」
「フフフ、今日は特別の日なんだ。大丈夫だから乗ってみろよ」
ジジは恐る恐る、コウモリの背に乗った。思ったよりはララの背中は広く感じたが、飛べるなんて出来るはずない。

まだまだ昼だと思っていたが、辺りが暗くなって来た。と、いきなり夜になった。

ララは空を飛ぶ。ジジを背中に乗せて。
ララはパタパタと忙しなく羽を動かす。 
その度にジジは落ちそうな気がしたが、ララの飛行技術は素晴らしく、夜空を舞う。都会の夜はお星様よりもキラキラ輝き、まるで魔法をみているようだった。

「ほら、あれがハロウィンの星だよ。あの大きなカボチャみたいな星」
「あれがそうなんだ。ハロウィンの日にしか見えないって聞いたよ」

空を飛んだ事のある猫など、殆どいないだろう。ジジはすっかり安心して、そして得意な気持ちにもなり夜間飛行を楽しんだ。

気がつくと、ジジは地上で眠っていたようだ。目が覚めた。え?夢?
いや、ララも隣りにいる。
「僕達、空を飛ぶ夢をみていたの?」
ララは笑ったが返事はしない。

「ねえ、僕は地上からでは飛び立てないんだ。高い所から飛び降りながらでないと」
ララは深刻な声で言った。
「どのくらいの高さ?」ジジは尋ねた。
「人間の家くらいあればね。この辺り、高い木があるかな」
「ちょっと待ってて、探してくるよ」
ジジは言うが早いか、姿があっという間に消えた。
しばらくして、ジジは帰ってきた。
「高い木はあるが、人通りも多い。暗くなるまで待つ?」
「仕方ないね、ありがとう。僕は大丈夫だからジジは帰りなよ」
「いやだ、ララを見送るまで帰らないよ」
ジジはこの新しい友達と別れたくないと思った。仲間の猫にも、事務所の動物達にもこんな気持ちを持った事は無かった。

「ありがとう、嬉しいよ」ララは本当に嬉しそうに答えた。正直、一人になるのが心細かったのだ。

夕暮れ。人通りも少なくなったので、ジジが見つけた木に二人は向かった。



ララは少しずつ木に這い上がる。見守るジジ。
「もっともっと、ゆっくり登ってよ」ジジは心の中でつぶやいた。別れのその時がすぐそこまで来ている。

「ジジ、ありがとう。ここから飛ぶよ。君の事、忘れないよ」
「ララ、ありがとう。一緒に空を飛んだ事、ハロウィンの星を見た事、宝物だよ」
「元気でねー!」「君もねー」

ララは枝から落ちるように見せながら、すっと飛び立った。
黒い姿の二人はそれぞれ闇に隠れた。
お互いの姿はもう見えない。

二人は同じ事を思った。
今年のハロウィンは特別のハロウィンだった。また会いたい。会えるよね。だって僕達友達だから。
あ、空にハロウィンの星がキラキラ光っているよ。君も見ているよね。

そうです。二人は同じ星を見ています。
それを感じられる事が、とても素敵な事ですよね。


🦇おしまい🐈‍⬛


 
コウモリは、殆ど目が見えないとか。
なので、超音波を発しながら飛んで、障害物を避けているそうです。コウモリの超音波は、まだまだ解明されていない部分もあるとか。もしかすると不思議な力を秘めているのかも。 めい