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草原の少女 (前編)


結構昔の話。「Rの国」そう呼ばれる小さな国があるのを知っていますか?


その国にネリンと言う名の12歳の少年が住んでいました。彼はお祖父さんと二人で、慎ましく穏やかに暮らしています。

ネリンの両親はネリンが幼い頃、不慮の事故で亡くなり、ネリンを慈しみ育ててくれたお祖母さんも昨年亡くなりました。

お祖父さんと二人だけで暮らすのは寂しい事ではありましたが、お互いを心の支えとして仲良く暮らしているのです。また、自然の中での小さな楽しみや出来事は二人を強く結びつけているのです。

二人が暮らしているのは、程々の規模の美しい草原で、程々の距離には街もあり、少し足を延ばすと感謝するべき山の恵みもあり、暮らしむきも程々であり、まずまずの暮らしをしているといえるでしょう。

あ、それからもう一人の住人、黒猫のアンを紹介しておきましょう。
彼女はネリンが産まれる少し前に産まれた、ネリンより少しお姉さん。猫的にはかなりのお婆さん猫ですけどね。いやいやお婆さんとは思えないほど元気な猫なのです。
そんな風に、二人と一匹は静かに暮らしていました。

ある日、出かけていたアンは小屋に帰ってきました、が、、、それがこのお話の始まりです。


その、ある日のこと

ドアをガリガリ引っ掻く音がしたので、いつものように、ネリンはアンの為にドアを小さく開けてやりました。
でも、いつもの様にアンは小屋の中に飛び込んでは来なかったのです。

不思議に思い、ネリンはドアを大きく開けました。アンはドアの向こうに隠れている様です。
ネリンは一歩、二歩と外に踏み出しました。

ドアの後ろを覗きこみ、ネリンは飛び上がる程驚きました。次にネリンは小さく一歩退きました。

そこに居たのは、アンでは無かったのです。
そこに居たのは、アンよりもふた周りも大きな白い猫、いや、犬?と思うほどのネコ、でした。
大きな白猫はネリンに身体を寄せ、明るい声でこう言いました。
「ネリン! 私よ!アンよ!」

ネリンは今度は大きく一歩退きました。
無理も無い事です。
下から見上げる白猫の眼差し、、いかにもアンではあります。でも、ネリンには到底受け入れる事はできません。
また一歩、また一歩とネリンの身体は後退りを始めました。


「ネリン?私なのよ!アンよ!」
アンの声は大きくなる。猫には想定外のネリンの反応だったようだ。
ネリンにアンの声は勿論聞こえてはいるが、理解はできていない。

「お祖父さん!来て!」
やっとの事でネリンは振り返り、小屋の奥のお祖父さんを呼んだ。

ややあって、現れたお祖父さんは大きな白猫を見て驚いた。 

「お祖父さん、この猫はアンだっていうんだ!」 
「誰が?」
「猫が言うんだ」
「猫がか?アンはどこに行ったんだ?」
「だから、この白猫が自分はアンだと言ったんだ」
 
ため息をつき、情けない声で白猫は訴える。
「お祖父さん、ネリン、私は二人と住んでいるアンよ」

驚いたようであったが、流石にお祖父さんは落ち着いた様子で猫に尋ねた。
「どうして白猫になったのだ?なぜしゃべれるのだ?」

「あの、、女の子に会ったのよ。えっと、この辺りで一番高い木があるところ」
ネリンとお祖父さんは顔を見合わせた。
「それでどうしたの?」
お祖父さんが側にきてくれて落ち着きを取り戻したネリン。アンに話の先を促した。

アンは続ける。
「女の子がいて、私に言ったの。アンちゃん、誰か人を連れて来てって。私は女の子に撫でてもらいたかったので女の子の側に座ったの」

お祖父さんは尋ねる。
「?、アン、その女の子は、この辺に住んでる子かい?」
「はじめて見る子よ」
アンは自分がアンである事を二人がわかってくれた事にほっとした。
アンは続ける。
「あ、誰か呼んで欲しいと頼まれたの。だから、喋れるの」

「?、なんだかよくわからんが、行ってみた方が良さそうだな」
お祖父さんは振り返ったネリンにそう話しかける。 

二人と1匹は草原を早足で進む。
アンはいきなり身体が大きくなった為か、身体の使い方が大分違う様でもたついている。

「もう、アンを抱っこできないな」
ネリンはひどく寂しい気持ちで呟いた。


この辺りで一番高い木が見えてきた。
ネリンは、このニレの木が好きだ。草原に一本だけスクっと立った大きく美しいその姿に、不思議な愛情を感じる。

ニレの木がどんどん近づいてきた。
ネリンとお祖父さんは、木の下の草むらに座っている女の子に気がついた。女の子は二人と1匹に気がつくと、大きく手を降った。

アンがぎこちない走り方で、少女にかけよる。アンは元々、人懐こい方では無い。
馴染むには少し時間がかかる。
それなのに、会ったばかりのその少女に尻尾さえ振っている。撫でてもらおうと頭も下げている。
お祖父さんとネリンは顔を見合わせた。

「アンちゃん、ありがとう。ちゃんと連れて来てくれたのね」

お祖父さんとネリンは少女の側で立ち止まり、少女に同時に声をかけた。
「お嬢さん、どうしたんだね?困っているのかね?」
「なんでアンは姿が変わったの?なんで話せるの?」

少女はお祖父さんに向かい
「私は歩けなくなって困っています。
なんだか、フワフワします」

今度はネリンに向かう。
「アンちゃんに人を連れて来て欲しかったので、話しができるようになってもらいました」

「大きな猫になったのは、アンちゃんが速く皆さんを迎えに行ってくれると思ったから。でも、かえって走りにくかったようで、ごめんなさいです。
白猫になったのはアンちゃんにお願いされたからです。変身してみたかったそうです」

ネリンはどう答えていいか分からず、黙ってしまった。

「よく分からんが、、君はどこの子なんだ?旅の人か?連れはいないのか?」
お祖父さんは心配そうだ。

少女は困ったように、口をつぐんだ。

「ここではなんだから、先ずはうちにくるかね?」

少女は可愛い笑顔を見せた。 
お祖父さんは、歩けない少女を背負った。
驚く程軽かった。

この子は、、、。お祖父さんは心の中でつぶやいた。

「わたし、おんぶしてもらうの初めてよ。とっても嬉しい」
少女は大きなお祖父さんの背中に頬を寄せた。

ネリンはしゃがんで白猫となったアンを撫でた。アンは不器用に甘えてジャレた。
いつもと違うが、アンはアンに変わりない。そう思った自分に、ネリンは安心した。

つづく


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