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【ピリカ文庫】 ラブレター

あなたは覚えているのだろうか。
私達の出会い。私達の結婚。私達の笑顔。そして私達の別れ。
走馬燈のように、私の周りを全ての出来事が光に姿を変えて回り始めている。
それは何の意味も持たないが、ただ私は見ている。
見ていたい。

あなたの顔を思い出したいのに、思い出せない。あれ程あなたを見つめていたのに。
あなたの声はどこかにいってしまって、私に向けられる事が無くなった時も、あなたの言葉をじっと待っていた。

でも、こんな時にあなたを、こんなふうに思い出すのは避けるべきだ。あなたが教えてくれた憎しみを、それだけを育ててきたのだから。

それなのに、あなたに会いたい。会いたくてたまらない。
私を強く抱きしめて欲しい。昔、あなたが聴かせてくれた、あの歌。あの声。今すぐあなたの腕の中で聴きたい。歌ってよ。ねえ。

あの時、あなたが出て行ってから、私の心はここには無い。彷徨いながら揺れているだけ。

彼女は彼に、そんな手紙のようなものを書いた。
彼がコレを目にする事は無いと思いながら。



君は私の事など思い出す事など無いだろう。あの日から私の周りから、色という色が追い払われたような。私は何の意味も持たない景色の中で生きている。
だから夜になると安心して、私は黒の世界に姿を隠すのだ。

君は、私が君の元を去ったのを恨んでいるだろう。
永遠の愛を誓ったはずなのに、私は逃げた。
君は信じられないだろうが、私は君がイヤになって家を出たのではない。
イヤになりたくないから君の元から去ったのだ。それを言い訳にしたところで、君も、そして私も、今よりもっと傷つくような気がするよ。

今、浮かぶのは君の笑顔、君の下手くそなダジャレ。時々、頓珍漢な受け答えをしてキョトンとしていた表情。全てが私の宝だ。

本音を言えば、私に君の愛情は重過ぎた。イヤ、君のせいでは無い。私の器が小さ過ぎたのだ。

私の器に入りきらなかった君の愛情は、私の指の間から砂のようにサラサラと滑り落ち、私の足元を埋めていった。
それはある意味心地よいものであったが、それではダメだともう1人の私が警鐘を鳴らし始めた。
私はその声に従わなければならなかったのだ。
それでも、私は君に会いたい気持ちをこれ以上抑えられない。

彼は出張中、宿泊したホテルの部屋に常備されている便箋に、このような想いを書き置いていた。




病院で一人の女性が最後の時を迎えていた。
「真理、真理」と姉の夏菜なつなは妹の名を呼び続ける。

長く患っていた妹の苦しみ。その苦しみから解放される事を願わずにはいられなかったのは事実だ。
だが、姉は妹の手を握りしめながらも、その手から温もりが消えていくのに恐怖を感じ、奇跡をも願っていた。

医師の言葉は何も聞こえなかった。

ただただ、夏菜は声をあげて泣いた。そして、その自分の声に救われていた。

夏菜は、かつて妹の夫であった武を思った。


 
同じ頃、武も病院の集中治療室の人となっていた。
彼は運転する車と共に、崖から落ちたのだ。
しかしその場所は、彼の出張先とはまるで違う場所であったのはなぜか。彼がどこに行こうとしたのかも不明。
その後、彼も帰らぬ人となった。



真理の姉は、葬儀のための様々な手続きや準備を始めていた。その中で、妹達は離婚届を出していない事を知った。気づかなかったのは、二人の苗字が元々同じだったからだ。紙切れ一枚残した事がお互いに対するアピールだったのかもしれない。

慌てて武の実家に電話した。
すると、武の事故死も知る事となる。 
武の両親も驚きを隠せない。

「二人一緒に見送ってやりませんか。夫婦なのですから」
武の父の提案に夏菜も了承した。

武の実家で、二人の葬儀は行われた。

二人並んだ姿、写真とはいえ久しぶりに見る二人の笑顔。夏菜も武の両親も、涙が乾かない。

一段落ついた時、武の父は武がホテルの部屋に残していた便箋を夏菜に差し出した。
「読んでやって下さい」

夏菜も妹が残した便箋を取り出して、武の母に渡した。


四十九日の法要が終わり、納骨となった。
武の両親と夏菜は僧侶に申し出て、二人の骨壷の蓋を開け、真理の骨壷の中に、夫の書いた手紙を、武の骨壺には妻の手紙を入れてやった。

ラブレターと言うには悲しすぎるが、それ以外の言葉を夏菜は思いつかなかった。
二人の最後のラブレターは、並んだ骨壷の中で、書き手の、愛した人の想いを伝えるだろう。

三人は僧侶の読経の中、二人を想った。
どこかで、ヒグラシが泣いてくれていた。


【了】


ピリカさん、ありがとうございます。
お題を頂いたのは『ラブレター』
考えてみたら、本物のラブレターは書いた事がありません(多分)
内容は不安がいっぱいですが、精一杯書かせて頂きました。書き上げた事でホッとしています。
貴重な経験をさせて頂いた事、お礼申し上げます。
                    めい


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