「最強なのにかわいすぎて異世界を追放された姫魔王は学園ラブコメのメインヒロイン〜冷酷無比だけど実は純情乙女で俺のことを好きすぎる件〜」 第1話

【あらすじ】
 東雲相馬しののめ そうまは、将来有望な生徒が集まる名門校『聖王樹学院』に通う高校生。彼の日常は平穏そのものであったが、ある日、異世界から追放された『可愛すぎる魔王』ヴァルキアナが現れ、同級生として学校へ通うことになる。
 ヴァルキアナはかつて異世界を支配していたが、彼女を手に入れようと国同士が争い、世界を崩壊の危機にさらした。危機を感じた人々の罠に嵌められたヴァルキアナは、異世界を追放されたのであった。
 魔王に翻弄される相馬と好きと素直に言えないヴァルキアナのファンタジーラブコメ。

【補足】アピール
 
①全体的には魔王ヴァルキアナと普通の高校生:東雲相馬の学園ラブコメですが、異世界要素を組み合わせ、バトルや異世界の事件でメリハリを出すように描いていきたいです。
 ②ヴァルキアナは魔王らしく冷酷な面がありますが、東雲相馬にだけにデレ、一途にアピールするギャップと、ヴァルキアナの内面の可愛さがエモさを出しています。
 ③魔王が東京に住んでいる点、一話後半でドラゴンを出したのは、読者へのインパクトを与え、バトルでスカッとさせる・異世界要素を強調させたいと考えました。
 ④日常の話もあり、ほのぼの要素も盛り込んでいきます。

【本文】
 東京にある我が家には、異世界の魔王が住んでいる。
 魔王ヴァルキアナ。大層な肩書きをしているが、見た目はただの美少女だ。

「ふ……やっと起きたか、東雲相馬しののめ そうま

 彼女は鼻先が触れそうなくらいに顔を近づけて微笑む。その笑顔は、魔王というより美の女神という方がしっくりくる。

 銀色の髪に琥珀色の瞳。頭の左右から突き出した真紅の二本の角と異形な姿をのぞけば、だけどな。

 とはいえ、こいつが平穏だった俺の日常をぶっ壊した張本人にほかならない。

「おはよ……って、なんだその格好はっ!?」

「ふむ、これか?」

 そう言って俺から少し離れた彼女は、両腕でぎゅっと胸を挟み谷間を見せつけた。

「どうだ、可愛い下着だろ? 『わこぉる』のネット通販で買ったのだ」

 レースがふんだんに使われた薄いピンクの下着で、胸元にはリボンの刺繍がされている。

 普通、魔王って黒とか紫のエロい下着を選ぶんじゃねーの!?

 なのに、なんで俺好みの可愛い系の下着なんだよ……!
 めちゃくちゃ可愛くて似合ってるじゃあないか!

 彼女の大きくたわわな胸に、どーしても目が離せなくなる。

「相馬よ、我が輩の胸ばかり見ておるが、どうかしたのか……?」

「——ば……! べ、別に見てねーよ!」

「……ふむ、なるほどな」

 魔王は俺を見遣り、ほくそ笑んだ。
 そして何を思ったのか、彼女は自分の胸を持ち上げて上下に揺らし始めた。

「我が輩の胸を見たいのであれば、好きなだけ見るがいい」

「な……なにいいいいい!?」

 ぷるんと揺れる胸に、俺の心臓が早鐘を打つ。体中に血が駆け巡り、全身から大量の汗が噴き出す。

「い、いいから早く服を着ろお!!」

「むぅ……相馬がそうしろと言うなら着るが、いいのか? もっと見てもいいんだぞ?」

「見るかああああ!!」

 魔王は文句を言いながら、脱ぎ散らかした服を渋々着ている。

 あードキドキが収まらん。
 朝からあんな刺激が強いのを見ると、下腹部が大変なことになるだろが……!
 
「ふむ、これで文句はあるまい」

 彼女は納得いかないって顔をしている。

「いやまだある……そもそもどーして毎日ベッドに潜り込むんだよ、おまえ」

 魔王には別の部屋があるにも関わらずだ。
 なぜか彼女は俺の部屋に入り浸っている。

「……ダメなのか?」

 大きな瞳をぱちぱちと瞬かせ、不思議そうに首を傾げている。

「だ、駄目に決まってるだろ……」

「むぅ……なにがダメなのか説明を要求する」

 魔王は居直ると、じっと俺を見据えている。

 俺がどれだけ耐えてると思ってるんだ?
 こんなの我慢するのも限界なんだぞ。

「……年頃の男女が同じベッドに寝るのはまずいだろ?」

「なにがマズイのだ」

「いやだから年頃のだな——」

「ふっ……我が輩は齢千を超えている。問題はあるまい」

 口元を緩ませ彼女は優しく微笑んだ。

「……え、は!? せ、千歳!?」

「そうだが……言ってなかったか?」

「聞いてない……」

 幼さが残るあどけない顔から、とてもじゃないがそうは見えない。
 
「では年齢は問題ないということだな」

「あ、はい……そっすね」

 魔王は困惑する俺を見て、クスクスと人なつこい笑みを浮かべている。

 くそう……なんか揶揄われているみたいだな。
 
「他に問題はないか?」

「えーとだなぁ……」

 揶揄われたままじゃ俺の沽券に関わる。
 なんとか一矢報いたいけど——

「ふむ、どうやら答えは出ないようだな」

「はい……そっすね」

「ふっ、オマエの負けだ」

 にっと口元を緩ませ、ドヤ顔をして見せた。

 ちくしょおおお!
 可愛い顔でそんな表情されたら、俺はもう何も言えないだろ……!

「ふふ、そう悔しそうな顔をするな」

「……誰のせいだと思ってんだよ」

「さあな」彼女は惚けた顔でそう答えると——

「——我が輩はオマエの寝顔を見たいのだよ」

 俺の両頬をむにっと摘んだ。

「はぁ!? なに言ってんの、おまえ!?」

「嫌なのか、うん……?」

「ぐっ……卑怯だぞ、おまえ」

「当然だ。我が輩は魔王だからな」

 彼女はくすくすと、控えめな笑い声をもらした。

 また今日も言い負かされてしまったな。
 毎朝こんな調子だし、このままじゃ俺の身が保たなさそうだ。

「そんなことよりもだ。今日はオマエに頼みがあるんだが……」

「え、俺に頼み……?」

「う、うむ……今日こそは我が輩とデェトしてくれないか?」

 そう言うと魔王は、照れて目を伏せた。

「はぁ? 何度も言ってるけどデートはしないぞ?」

「ぐぅ〜……」

 彼女はぷくーと顔を膨らませ、不満そうな目を向けてくる。

「そんな顔をしてもダメなものはダメだ!」

「むぅ〜相馬は我が輩とデェトが嫌なのか……?」

 彼女の琥珀色の目に見つめられ、俺の心が激しく揺さぶられる。

「はぁ……今回だけだからな」

「むふー」俺の答えに彼女は喜びを顔にみなぎらせた。

「か、勘違いすんなよ? 学校で必要なものを買うついでだからな?」

「うむ、分かっておる」彼女は声を弾ませて、部屋を後にした。

 彼女が去った後、俺は再びベッドに身を委ねる。

「あの笑顔は強烈な一撃だなぁ……」

 身悶えながら、天井に向かってひとりつぶやいた。

 この一ヶ月の間、彼女を部屋から追い出すのに失敗している。
 
「はぁ〜〜……」

 魔王が来てからのことを、思い返していた。

 ことの起こりは3月の初め。

 いきなり母さんが東雲家に魔王を連れて来るなり、

『今日からこの子は我が家に住むことになりました』

 と宣言したのだ。

 俺も妹も突然のことで状況を理解できなかった。

 だっていきなり女の子を連れてきてだ。
 その子のことを魔王とか言うんだぞ?

 本来なら信じられないんだが。
 彼女は普通の人間とは違っていた。

 思春期真っ盛りの男子が、美少女と暮らすなんて妄想だけで充分だ。

 もちろん俺は猛反対したさ。
 でも妹が「お姉ちゃん欲しかったし、いいよ」と賛成しやがった。

 結果、賛成2反対1で魔王の同居が決定した。

 しかし、その3日後。
 母さんの海外に赴任が決まり、俺たちを残したまま行ってしまった。

 日本に魔王がいる理由、母さんと魔王の関係性の謎を残したままな。

「本当、無責任な母親だ」

 不満を口にして、俺は重い体でベッド降りた。

 ◆

「……お兄ちゃん、遅い」

 一階のリビングに降りるとテーブルの向こうで、妹の佳奈かながジト目で睨んでいた。

 母さんがいない我が家の家事全般を取り仕切っている。

「おはよう、妹よ」

「おはようって……もう10時なんだけど?」

 文句を言う妹を無視し、俺は用意されたトーストに手を伸ばした。

 ザクザクっと焼きたてのトーストをかじり、コーヒーで流し込む。

 朝から飲むコーヒーは旨いな。

「妹よ、またコーヒーの腕をあげおったな」

「……そんなこと言っても、嬉しくないんだけど」

 妹は眉間に皺を寄せて、さらに目を細め睨んでいる。

 そんな怖い顔しても、お兄ちゃんには分かっているんだぞ。
 おまえが今めちゃくちゃ喜んでることをな。

 だが妹はそれを悟られないよう、下唇を噛んで誤魔化す癖があるのだ。

「そーいやあ魔王は?」

「ん? 魔王さんはハチと散歩に行ったよ」

「——そっか」

 ポメラニアンのハチの散歩は、魔王の日課になっている。
 魔王はもふもふ動物に目がないらしい。

 初めてハチと出会ったとき。
 彼女は一目でハチに心を奪われていたっけ。
 あの日は魔王、かなりテンションが高かったなぁ。

 くあっと俺はあくびをした。

「で、また夜更かし?」

 眠たそうな眼を擦る俺を見て、妹は呆れている。

「んー……アニメの配信を実況を交えて朝まで大盛り上がりしてな」

「はぁ〜……もう高校生だよ?」

「……それは関係ない。つか好きなものは好きなんだし」

「好きなもののことは別に否定はしないけど……少しは自重してよね」

「へーい」

 俺の気のない返事に、妹が大きなため息をついた。

 やれやれ、朝から中二の妹に説教されてしまったな。

 来週には高校が始まる。だから春休みといえ、堕落しきった生活は改善しないとだな。

「こんな人が本当に超難関の高校に受かったとか信じられない」

 妹はわざとらしく盛大なため息をし、肩をすくめてみせた。

「マジで奇跡だよな。あははは」

「……奇跡じゃないでしょ。昔から頭いいじゃん」

「妹よ。俺、頭は良くない。普段から努力してるだけだ」

「……そんなこと佳奈は昔から知ってるし」

「ん、今なんか言ったか?」

「べ、別にお兄ちゃんのことじゃないし!」

「俺のこと……?」

「いいから早く食べて!」

「お、おう……」

 うーん、なにを焦ってるんだ、妹は。
 顔まで真っ赤になって、落ち着きがないぞ。

「うーまだ食べてないし……あと十秒で食べなかったら、取り上げるからね!」

「あ、はいはい。今すぐ食うから……!」

 催促された俺は、残りのトーストをコーヒーで胃袋に流し込んだ。

「そー言えばさっき魔王さん、『デートだ』とか言ってたけど……どーいうことかな?」

 目を細め睨む妹の語尾が強まる。

「いやそれはだな……えーと……モールに買い物を行くついでにだな」

「……へぇ、今日は佳奈の手伝いをする日じゃなかったかなぁ」

 ヤバい……そーいやあそんな約束をしてたな。
 おもいっきり忘れてたけど、口が裂けても言えんよな。

「あ……あの期間限定のケーキ! それをおまえのために買おうかなーって……」

「ふぅ〜〜ん……それって佳奈のためにってことだよね……?」

「そ……そうそう! もちろん大事な妹のために決まってんだろ!?」

「——だ、大事な妹とかバカじゃないの?」

 と怒ったように言ってるが、その表情はめちゃくちゃ嬉しそうだ。

「しょーがない。今回だけは許してあげるからね……!」

 ふぅ、妹のご機嫌を取ることには成功だ。
 下手に機嫌を損ねると、後が大変なんだよな。

 前は晩飯が一週間カップ麺だったからなぁ……

 ◆

 その日の午後。

 俺と魔王はショッピングモール1階にあるカフェのテラス席で、まったりしていた。

 席は店内にもあるが、今日みたいに暖かくて天気が良い日なら外の方が断然良い。

「ふむ……しかしこの施設は素晴らしいな」

 魔王は興味深そうに、周囲を見回している。

 さすがの魔王もモールのデカさに、驚きを隠せないようだな。

 地上5階建。
 総店舗数は約500店舗にシアター完備。
 駐車スペース8000台。

 ここまでデカい建築物は、異世界にはないだろう。

「——な、すごいだろ?」

「うむ。我が居城にあったスライムの飼育小屋と同じ大きさとはな」

「ス、スライム!?」

「世界に一匹しかない金を産む特別なスライムのためのな」

 ふわっと吹く風を受け、魔王は髪をかきあげた。

「こんな小さき建物に、多くの店を詰め込む技術は、まさに賞賛に値するな」

「え、はい……そっすね」

 飼育小屋がモール並みだと? じゃあ魔王の城はいったいどれだけのデカさなんだよ!?

 魔王とのスケール感が違いすぎて、俺には想像もつかんな。

「あ……違うと言えば、おまえの魔法陣もまたすごいな」

「ふっ、当然であろう。我が輩を誰だと思っているのだ?」

 ふふんと、魔王は誇らしげに答えた。

 こいつは魔王だ。見た目からこっちの世界の人間とは違うからな。
 頭からツノが生えた美少女なんて、目立って仕方がない。

 だから彼女は、ここ『桜ノ宮市』全域を魔法陣で覆ってしまったのだ。

「人の認識をズラす……だっけ?」

「うむ、人の常識をずらし、非常識を常識へと誤認させるのだ」

「だからおまえの姿を見ても——」
「——誰も気にしないのだ」

 言って、彼女は苺フラペチーノのクリームをずずっと吸った。

 その効果は絶大で、桜ノ宮市に入った人間全てに影響する。
 さらに魔法陣による悪影響もないし、効果もほぼ永遠に続くとか。

 だから魔王を見ても、誰も違和感を持ってないはずなんだが——

「なんかすごく見られてないか?」

 席に座っている客や、近くを通り過ぎる人達全員が、魔王をじっと見つめている。

「気のせいだ。我が輩を見てるわけがあるまい」

 魔王は興味なさそうに素っ気なく答えたが、気のせいじゃない。

「可愛くてキレー」
「あれ、アイドルかなアイドルかな!?」
「写真撮ってもいいよな……?」

 あちこちから聞こえる賞賛の声。
 それと同時にシャッター音が聞こえてるんだけど、連中盗撮でもしてんのか?

 ま、気持ちは分からないでもない。
 椅子に座ってるだけでも、魔王は絵になるからな。

「チッ、隣の男は誰だよ?」
「クソダサい野郎だな」
「羨ま死ね!」

 ただ彼女とは対照的に、俺には嫉妬と敵意のこもった声が飛び交っている。

 店の雰囲気は最高なんだが、今の状況は最悪だなぁ。

「ふぅ……そろそろ帰るか——って、どうしたんだよ?」

「——あれを見ろ、相馬」

 彼女が指差した先に、空を覆うように光の輪が浮かんでいた。

「なんだ、あれ!?」

「召喚ゲート……この世界と異世界を繋ぐ門だ」

「召喚? 門? 異世界ぃ!?」

 光を見る魔王の真剣な表情に、俺は底知れない不安を覚えた。

「——来るか」彼女がそう言った瞬間、光の輪が大きく開いていく。

 ——ぐおおおおおおおおおおおおお!!!

 切り裂くような咆哮と共に、門の向こうから巨大な影が現れる。
 真っ赤な鱗、鋭い爪、逞しい翼。まさにそれは——
 
 ドドドドドドドド……ドラゴンんんんん!!?

 門から姿を現した禍々しい真紅のドラゴンは、勢いよく駐車場に降り立った。
 
「な、何がどうなってんだよ……これ、夢とかじゃないよな!?」

「安心しろ、これは現実だ」魔王は優しく答えてくれた。

 これが現実なら、全く安心できない。なのに、なんで魔王はこんなに落ち着いているんだ!?

 ドラゴンの出現に、悲鳴を上げて逃げ出す人たちで溢れかえっている。

 店員は必死に客をなだめているが、店員が怯えた顔をしていたら逆効果だ。

「なあ、魔王……俺たちも逃げた方が良さそうだな——」

「よし、おまえには一番の特等席に連れて行ってやろう」

 立ち上がった俺の手を、魔王はがっつりと掴んだ。

「え、特等席って何を言ってんだよ、おまえ」

「ふむ、我が輩がドラゴンを倒すところを見たいだろ?」

「は……はいいい!?」

 ドラゴンをパッと見ただけでもかなりデカい。
 片足だけでも、10台以上の車がグシャグシャに踏み潰されている。

 あんな巨大生物に勝てる見込みがどこにあるんだ……!?

「——心配するな」

「外、危険だろ!?」

 動揺する俺に、彼女は微笑んで、

「ふっ、大丈夫だ。このモールにいる全ての人間共に防御魔法をかけておいたからな」

 安心させるように優しい口調で答えた。

「——な、なにぃ!?」

 少なくとも数千人以上の人間がいるんだぞ!?
 その全てに防御魔法をかけたってのか!?

「さあ、行くぞ」

「い……いやあああああああ!!!」

 嫌がる俺を魔王は引きずって、ゆっくりとテラスを出た。

 大勢の人たちが、モールの入り口に向かって逃げていく。
 魔王は人波をかき分けながら、鼻歌交じりで歩き始めた。
 
 まるで散歩をするかのように——

 ◆

 テラスを出た俺たちに、ドラゴンが放った炎の矢が襲いかかってきた。

 無数の矢が流星のように降り注ぎ、次々と地面に突き刺さっていく。

 矢先が接したコンクリートの床が、シューっと音を立てて溶け落ち穴が空いていく。

 ちょっと待てよ! あれってコンクリートが蒸発してるのか!?

 コンクリートが融解する温度は1200℃だ。
 溶かすんじゃなく、蒸発させるってどれだけの熱量があるんだよ!?

「だ、大丈夫なのか、おまえの防御魔法は——」

 ——ドドドドド! 降り注ぐ紅蓮の矢。

「ふっ……そこで見ておくがよい」

 そう呟くと、彼女は降り注ぐ炎の矢を指一本で全て払い除けていく。

 って、なにが起きてんだああ!?
 コンクリートを蒸発させる炎の矢を、生身で弾いてるんですけどお!!

「——ふん! なんと脆く弱々しい炎だ。これなら佳奈のコーヒーの方がまだ熱いぞ」
 
 魔王は指先をペロリと舐めて見せた。

 グオオオと咆哮を上げ、ドラゴンは再び飛び上がると、上空を旋回し始めた。

 俺たちを監視してるのか?
 いや魔王の強さを目の当たりにして、迂闊に手を出せないようにも見えるな。

 旋回しながらも、ドラゴンの視線はずっと俺と魔王を捉えていた。
 魔王が弾いた炎の残り香りがまだ空気中に漂っている。

 ドラゴンはまだ旋回を続けている。

 俺としては、このまま何処かに行って欲しいってのが正直な気持ちだ。
 だが、ドラゴンはそんな気は微塵もないんだろうな。

 ——グオオオオオ! 咆哮を上げたドラゴンが大きく口を開けた。

 刹那、ドラゴンの口から蒼炎のブレスが吐き出されるが——

「——くだらん」

 魔王はその攻撃すらも、指一本でかき消してしまった。

 あ……圧倒的すぎやしませんかね、魔王は!!

 相手はドラゴンだよ、ドラゴン!
 そのドラゴンの攻撃を全部、指一本でしのぐとかどうなってんの!?

 ドラゴンも大概だが、魔王の強さは異常すぎるだろ……!

 そんな魔王の近くにいたからだろうか。

 俺の中にあった恐怖心はいつの間に消えていた。
 たぶん魔王の強さへの安心感に依るところが大きいんだろう。

 ドラゴンは再び咆哮をあげ、大きな翼を広げて地上へと降りてきた。

 デ……デェケえええええ!!
 近くで見ると、その威圧感に圧倒されてしまう。
 ドラゴンの憤怒で歪んだ顔に俺の心臓はぎゅっと縮み上がった。

 しかし、俺とは対照的に魔王は余裕の表情を見せていた。
 むしろ笑っているかのように見える。

「貴様……何故、儂ノ邪魔ヲスル」

 喉を低く鳴らし、ドラゴンは威嚇するような口調で喋りはじめた。

「え……ドラゴンって喋るの……!?」

「ドラゴンが喋るのは当たり前だ。そんなことも知らぬのか、相馬……」

 何も知らないんだな、という顔で魔王は俺を見遣った。

 いや知らんし!
 さっきも「ぐおおお」って鳴いてたじゃないか!

 そんなのが人語を喋るとは思わないだろ……!

「ドラゴンは高い知能を持ち人語を解すのだが……これは常識だぞ?」

 魔王は優しい口調で語り、諭すように説明してくれた。

「え、あ、はい……すみません」

「よろしい」

 彼女はそう言うと、再びドラゴンに向き直った。
 その表情はどこか穏やかで、瞳には余裕すら見える。

「——貴様は我が輩が邪魔だと言ったな」

「ソノトオリダ……人間ゴトキガ儂ニ刃向カオウナド——」

「黙れ、トカゲが……! 貴様が我が輩達のデェトを邪魔したのだ……!」

「黙レ、惰弱ナ人間ガ——!!」

 ドラゴンの咆哮が、大気を振動させた。

 ——ブオン! ドラゴンは身を翻し、尻尾を振り下ろした。

「フハハ、砕ケ散ルガヨイ!!」

 強靭な一撃が土埃を舞上げ、魔王に襲いかかる。

 だが、魔王は凛とした表情を浮かべたまま、その場から動こうとしない。

 ——ドオンっ! 

 巨木のような尻尾が魔王に直撃し、刹那、強い衝撃が俺の体を貫いた。

 ドラゴンは喉を鳴らし、歓喜の声をあげている。

 捉えたその一撃が魔王の命を絶ったと確信しての、雄叫びだろうが……しかし——

「……これが貴様の本気か?」

「——ナ……!?」ドラゴンは瞼を瞬かせ、青ざめて呆然としている。

 その気持ちは十分に分かる。
 自慢の一撃が魔王にはまっったく効いていないんだからな。

 魔王は体に着いた土埃をパッパと払い落として——

「——昔、滅ぼした炎龍にまさか生き残りがいたとは……驚きだな」

「ナニ滅ボシタダト……?」

「ほぅ……四百年前、エンデ・ガウエンの炎龍絶滅を知らぬと言うか」

 魔王の言葉に、ドラゴンは恐怖に震え怯えた目を向けている。

「……ナゼソノコトヲ知ッテイルノダコノ地ノ人間ガ——!?」

「なぜだと……我が輩が滅ぼした本人だからに決まっておるだろうが……!」

「本人ダト——マサカ貴様ハ、アノダトイウノカ!?」

「ヒィッ!!」ドラゴンは悲鳴を上げ、逃げだすように飛び立った。しかし——

「逃すか、愚か者が——デェトを邪魔した報いを受けるがよい……!」

 ——穿て、黒きいかずちよ!

 魔王が叫ぶと同時、彼女の手から無数の黒い刃が放たれた。

 逃げ惑うドラゴンを刃が追尾するが——

 ——ドオオオオオオオンっ! 

 刹那、激しい雷鳴が轟きドラゴンの体を貫いた。

 激しい閃光に全身を斬りつけられ、ドラゴンは身を捩らせている。

 苦悶の咆哮を上げてもなお、魔王は容赦なくドラゴンを責め立てる。

 そして最後の一撃がドラゴンを撃ち抜くと、

「ぎゅおお……」

 か細い断末魔を上げ、ドラゴンはドスンと地上に落ちた——

 ◆

「——ふん」

 軽自動車サイズもある頭を踏みつけ、魔王は冷たく吐き捨てた。

「……なあ、ソレ死んでるのか?」

「いや死んではおらん」

 魔王の激しい魔法攻撃を受けて、まだ死んでないのかよ。

「とてもそうは見えないけどなぁ」

「ドラゴンの生命力は底知れぬからな」

 俺は魔王の言葉を確かめるように、爪先でドラゴンの頭を数回蹴ってみた。

 たしかにドラゴンは蹴るたび、微かに反応を示している。

「……なあ、さっきの滅ぼしたって本当なのか?」

「ああ、本当だ——しかし、それは竜族が我が輩の国を滅ぼそうとしたからだぞ」

「え……そ、そんなに危険なのこのドラゴン……?」

「うむ。だからムカついて逆に滅ぼしてやったのだ」

 彼女は悪びれもせずにそう答えた。

 異世界の国を滅ぼす危険なドラゴンか。
 もし魔王がここにいなかったら、どうなってたんだ……?

 最悪な事態を想像し、俺は背筋がゾッとした。

「……それでどうするんだよ、これ?」

「ふむ……そうだな」魔王は、眉間に皺を寄せてしばらく考え込んでいたが——

 突然、彼女はドラゴンの額に手を当て、
 
 ——汝、我との盟約を結び、永遠に忠誠を誓え

 唱え終えると、巨大なドラゴンの体があっという間に小さくなってしまった。

「可愛いものだ」魔王はドラゴンを摘み上げ、ポケットの中にしまい込んだ。

「……え、持って帰んの……?」

「もちろんだ。こいつは我が輩の使い魔にするからな」

「え、使い魔ってなんだよ——!?」

「気にするでない……それよりもデェトの続きをしようではないか、相馬」

 声を弾ませた彼女は満面の笑みを浮かべ、俺の腕に絡みついた。

 その顔はまさに天使のようであった——

第2話:https://note.com/zuzukai1111/n/n2726a428faa6
第3話:https://note.com/zuzukai1111/n/n0b1ae58eca86


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