第2話 

 パチパチとまばらな拍手の中、俺は壇上を後にした。

 今日は聖王樹学院の入学式だ。
 この学校、スポーツや勉学が優秀な人材が集まることで有名だ。

 で、この学校、ちょっと変わった伝統があるのだ。
 入試の成績優秀な生徒2人に、スピーチをやらせるのが伝統だとか。

「八十年続く伝統」と入学案内のパンフレットには書いてあった。

 不本意だが、俺はそのうちの一人に選ばれちまった。

「……ふぅ、緊張した」

「見事な演説だったぞ、相馬」

 ステージの袖脇で魔王が、俺を笑顔で出迎えてくれる。

「そ、そうかな? こんなの初めてだから、上手く出来たか心配だったけど——」

 言い終わる前に、いきなり彼女は俺の頭をぎゅっと抱き寄せた。

「——ちょ、おま、離してくれよ!」

「だめだ」彼女は優しく呟くと、スンスンと俺の頭を嗅いでいる。

「……ふむ、これは緊張の汗だな」

 言うと彼女は顔を更に頭に押しつけてくる。

 教師たちからの冷たい視線と、生徒会長がジト目で睨んでいる。

 本来なら教壇には代表者2名だけしか許可されていない。

 だが魔王は「保護者だ」と教師たちを迫力で押し通したのだ。

「コホン……イチャつくのは後にしてくれないかな?」

 俺を睨むのは生徒会長の葉月流花はづきるかさんだ。

 「んん」とわざとらしく咳払いをし、メガネをクイっと持ち上げ、

「スピーチはよく出来たと思うが——」

 彼女は、俺のネクタイをギュ〜〜っと締めつけてくる。

「く、苦しいんですけど……!」

「ふふふ。生徒会長の私の前でいちゃついた罰だよ」

 なんだよ、その罰は!
 それって葉月先輩がムカついたとか、個人的な理由じゃないよな!?

「今後は、イチャつくときは気をつけるように」

「——い、以後気をつけます」

「よろしい」葉月さんは言って、俺の肩をぽんぽんと叩いた。

「——それにしても」

 先輩は魔王を見遣った。

「風紀を乱すような事はしないようにね?」

「——はい?」

「この学校、恋愛禁止とかじゃないけど……過激な行為は看破できないからね」

「そそそそ、そんなことしませんよ!!」

「……そんなに慌てるなんて、怪しいわね」

「ま、まだ俺たちそんな関係じゃありませんって」

「ふーむ」訝しそうに呟く先輩。

「んー……まあほどほどにね?」

「——いや変な事しませんけど!!」

「はっ……少しは静かにできないのか」

 俺と先輩の間に突然、冷たい声が割り込んできた。

 ◆

「えっと、たしかお前は……桐壺洸哉きりつぼこうやだっけ?」

 こいつも新入生代表の一人だったよな。
 つか、ずいぶんと態度がデカいな。

「——ちっ。愚民ごときが気安くオレ様の名を呼ぶな」

 舌打ち!? 
 いやその前に、今『愚民』って言ったよな?

「こいつがオレ様と同じ新入生代表か。この学校の品位もずいぶんと地に落ちたな」

 桐壺は冷たく吐き捨て、葉月先輩を睨みつけた。

「そもそも貴様が生徒会長なのが間違いなんだよ、葉月流花!」

「そんなことはないわ……私は生徒会長としての責務を果たして——」

「はっ! 庶民の貴様が生徒会長の責務だと……調子に乗るなよ、愚民が!」

 えーっとこれ何が起きてんの?
 一年生の桐壺が、生徒会長の先輩を糾弾してるって変だろ。

「だが安心しろ……これからはオレ様が王として支配してやる……!」

 葉月先輩は黙ったまま、拳を握り締めていた。
 桐壺の優越感に浸った表情で、先輩を見下ろしている。

 つか、どうして誰も桐壺を止めよとしないんだよ!!

「お、お兄様……あの、そろそろ」

 桐壺の前に一人の少女が立ち塞がった。
 つか、桐壺の事を「お兄様」って桐壺の妹!?

 儚げな雰囲気、桐壺とは似ては似つかない美少女だけど——
 
「——く、首輪ぁ!?」

 言葉に彼女は怯えた目を俺に向け、さっと首を手で隠すように掴んだ。
 
「ご、ごめんなさい……!」

「誰が平民と話していいと許可した、月読つくよみぃ!」

 ——ドス! 桐壺のつま先が、彼女の腹部に直撃する。

 苦悶の表情で悶える彼女の髪を、桐壺はぐいっと掴み上げた。

「そこまでにしろよ、桐壺……!」

 俺は月読の前に立ち、まるで彼女を守るように桐壺を睨みつけた。

「なんの真似だ、愚民が……月読を庇うつもりか?」

 桐壺の鋭い眼光が、俺を見据えている。

「——ただのお節介」

「邪魔だ、退け……!」

「嫌だね。ここは退かねーよ」

「——ちっ」桐壺は忌々しそうに舌打ちし、

「これ以上愚民の相手などできるか。時間の無駄だ」

 桐壺が捨て台詞を吐き捨て背を向けると、俺は床にうずくまる月読に歩み寄った。

「大丈夫か?」

 そう声をかけながら、ゆっくりと片膝をついて少女と目線の高さを合わせる。

「ごめんなさい……」

 怯えた様子で身体を丸め、まるで傷ついた小動物のように弱々しい。

「——月読ぃ!」

 桐壺の怒声に近い叫びに、月読はビクッと体を震えさせた。

「……お兄様が呼んでるから……」

 彼女はゆっくりと立ち上がると、桐壺の後を追いかけいく。そして——

「あの……ありがとうございます……」

 寂しげな笑みを浮かべると、さっと踵を返し桐壺と一緒に壇上へと向かっていく。

「あの噂、本当だったのね」

 葉月さんがぽつりと呟いた。

「噂……ですか?」

「ええ。実の妹を奴隷として側に置いてるって噂よ」

 先輩は嫌悪の混じった深いため息を吐いた。

 ◆

「よく聞け、平民共……今日からオレ様が貴様らの王だ!」

 桐壺の放った一言に、新入生たちがざわつく。
 会場からは「ふざけるな!」「何様だ!」と怒声が飛び交う。

「これはもう決まったことだ。おとなしく現実を受け入れろ」

 桐壺の言葉にさらに会場は荒れ、ヒートアップしていく。

「文句を言ってるの……あれは他県からの入学者よ」

「あの……なんでそれが分かるんですか?」

 俺の疑問に答えるよう、彼女は続けていく。

「……彼の家、桜ノ宮市ですごく権力ちからを持つ家柄なのよ」

「でも……だからってこんなの学校が許すわけがないでしょ」

「無理ね」と諦めの言葉が、彼女の口からこぼれた。

 葉月先輩は陰った表情で頷くと、

「彼ね、この学校の理事会役員で出資者なのよ」

「は、はぁ!? あいつ俺と同い年ですよ!?」

「彼は桐壺家の現当主だから当然なんだけどね」

「……あの桐壺の父親は? 奴が当主なら前の当主はどうしてるんですか……?」

「……それね。まあ彼のお父様は去年亡くなられてるのよね」

「だから彼は実質的な支配者よ」彼女は肩をくすめてみせた。

 権力を全て引き継いだんだ。
 教師たちも生徒たちも自分の思い通りにできる。

「オレ様に逆らうのは構わん……だが、逆らった場合は無事に卒業できると思うなよ」

 桐壺の口から出た重い言葉に、新入生たちは一斉に口を噤んだ。

 桐壺は並ぶ新入生たちを見回す。

「だが安心しろ。オレ様に忠誠を誓う奴には、自由と権力を与えてやる」

 その言葉に、同級生たちが一斉に色めき出す。

 なんて人心掌握術が上手い奴なんだ……って、感心してる場合か。

 これはスクールカーストどころの話じゃない。
 学校という閉鎖空間で、支配階級が構築されてしまう。

「あの一応聞きますが‥…生徒会長の権限で、桐壺の発言を無効になんて——」

 生徒会に多少の期待を込めて、再度先輩に問うが——

「——諦めて」

 無情な答えだけが返ってきた。

 ◆

「オレ様を讃えよ」

 会場全体に割れるような拍手。
 が、突然拍手がピタリと止まり、会場はどよめきに変わった。

「……なんだ、貴様は」

「——我が輩は魔王だ」

「なんだその冗談は……邪魔だこの場から立ち去れ——」

「頭が高い、ひれ伏せ——」

 ——ダン! 激しく桐壺の体が床に押し付けられる。

 魔王に跪く桐壺。
 誰もがその異常な光景を呆気に取られていた。

「……な、なんだこれは!?」

 激昂し叫ぶ桐壺を、魔王は冷酷な瞳で見ている。
 
「こ、これは貴様の仕業なのか……!?」

「——黙れ」

 言って、魔王は桐壺の背中を踏みつけた。

「き、貴様、こんな事をしてただで済むと思うのか!!」

「ふっ、そんな格好で威勢がいいな……いや虚勢か」

 魔王は踏みつけた脚をさらに深く押し込む。

 痛みに耐えかねた桐壺が悲鳴をあげるが、誰も助けに行こうとはしない。

「——貴様の負けだ」

「オ……オレ様が負けただと……そんなこと認めるかああ!!」

 冷笑する魔王に桐壺は激しい怒りを滲ませていたが——

「——黙れ」

 ——ズン! 魔王の全身から溢れ出した殺気が桐壺を襲う。

 刹那、「ひ、ひぃ……!」桐壺は小さな悲鳴をあげ震えていた。

 萎縮し恐怖に顔を歪める桐壺からは、先ほどまでの威勢を感じられない。

 勝利を確信した笑みを浮かべ、魔王は舞台の前へ一歩踏み出すと、

「聞け、貴様ら——!」

 建物を揺るがすほどの大声を張り上げた。

「虚構の権力にひれ伏すな!」

 ——どおおおおお! 会場が割んばかりの歓声が湧きあがる。

 鳴り止まない歓声を背に、袖脇に戻ってきた魔王はかなり上機嫌そうだ。

「……あれ、どーすんだよ?」

 壇上では教師達が、必死に落ち着くように生徒たちに叫んでいる。

「ふっ、放っておけ」魔王は素っ気なく答えた。

 魔王は退屈そうにあくびをして、んー、と伸びをしている。

 はぁ、まるで他人事だな。
 入学式を混乱させたってのに。

「おまえの為に頑張った我が輩を褒めてくれぬのか?」

 魔王はそう言うと、腕を絡めてきた。

「言ってる意味がわからんのだが……?」

「うむ。おまえを愚弄したあの男の自尊心を折ってやったのだ」

「満座の席でな」嬉々と語る彼女に、俺は背筋がぞっとした。

「……ちょっと待て。そんな理由で騒動を起こしたのかよ……!」

「そんなと言うが、我が輩が動くには十分な理由なのだぞ?」

「……気持ちはありがたいが、少しは自重しろ」

「ふむ、肝に銘じておく」

 魔王はクスクスと笑いながら、俺の頬に手を添えた。

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