「最強なのにかわいすぎて異世界を追放された姫魔王は学園ラブコメのメインヒロイン〜冷酷無比だけど実は純情乙女で俺のことを好きすぎる件〜」 第2話 

 入学式も無事終わり、退屈な日々が続いていた。
 ドラゴン出現の話題も、世間は持ちきりだったのだが——
 
「はぁ〜〜〜」

 聖王樹学院の一年の教室。
 一限目の授業が終わり、クソデカため息を吐き出した。

「どーしたんだい、東雲? ため息とかしちゃってさ」

 すっと俺の顔を覗き込んだのは、クラスメイトの田中。

「あ! 東雲もあの集団に加わりたいんでしょ?」

「……そうでもないけどな」

 その先には魔王を取り囲む陽キャ達が異様に盛り上がっていた。

 魔王にも話しかけているようだが、彼女は完全無視を決め込み、黙々と本を読んでいた。

「なーんか最近魔王あいつの周りに人増えたよなぁ」

「ふふ、気になるよね、東雲」

「はっ! そんなことあるわけねーだろ」

「……んだよ、その含みのある笑いは」

「別にぃ……ボク、なにも言ってないけどぉ」

 クスリと笑い、田中は隣の席にドカっと腰を下ろした。

「それで、おまえはどうなんだよ、田中」

「——ボク?」

「そーだよ。おまえ、カースト上位グループだろ。あれに加わらなくていいのか?」

「ボク、あんなに浅ましくないしね……それに今は東雲と話していたいから」

 田中はあざとい笑顔を浮かべ、指先を俺の胸に突き立てた。

「えー、た、田中はヴァルと付き合いたいとは思わないのか?」

「んーそうだねぇ」

 田中は天井を見上げながら、考える仕草をとっている。

「……ボクは先輩たちみたいに、公開処刑されたくないしね」

 田中そう言って、苦笑した。

「あー、アレか」

 数日前。魔王はこの学園のイケメングループから、告白されたのである。

 しかも登校時間、生徒が大勢いる校門の前でな。

 魔王の容姿の噂は、近隣の学校でも有名になっていた。
 同級生・上級生は言うに及ばず。他校の生徒まで告白が後を絶たなかった。

 俺も毎晩、魔王に「鬱陶しい」と愚痴を聞かされてウンザリしていた。

 そんな状況で公開告白。魔王は無視していたんだけどな。
 それでも連中はしつこく何度も何度も追ってくる。

 結果、魔王は無言で全員の股間を蹴りつけたのだ。

「——あれは同情するな」

「あんな目に遭いたくないしね」

「ふぅん、そうなのか」

「そういうことだよ」田中は声を弾ませ、腕を俺に絡みつかせてきた。

 ——ドキン! 抱きつかれた俺の心臓の鼓動が早くなる。

「えーっと、えっと……さ、最近、やけにヴァルの周りに人が集まってるよな?」

「んー……たぶん『聖王杯』があるからじゃないかな」

「……なんだ、その聖王杯ってのは?」

 俺の言葉に、田中は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにジト目で俺を睨んだ。

「……昨日、朝のHRホームルームで、先生が説明してたけど……聞いてないの?」

「聞いてない! 俺にとって朝のHRは貴重な睡眠時間だからな!」

「なんで、満面のドヤ顔するかなぁ」

 田中はやれやれと、肩をすくめたジェスチャーをしている。

「それで聖王杯ってのを説明してくれないか、マイフレンド」

「えっとね、今年で聖王樹は創立百年。その記念行事の一環としての競技大会なんだよ」

「記念行事ねぇ……で、それと魔王の人気となんの関係があるんだ?」

「優勝者は、理事のポストが与えられるそうだよ?」

「は、はああああ!? え、ちょま……え、ええ〜……」

「ほんと、ビックリだよね〜」と言っている田中は、まったく驚いてる様子はない。

 つか、この学校、やることのスケールがデカすぎるな。
 優勝者に理事のポストを用意するなんて、さすが聖王樹ってとこか。

「それで、ヴァルちゃんがダントツの優勝候補なんだよね」

「ちょっと待て……優勝候補って、昨日告知されたのに、どうしてそれが分かるんだよ?」

「えーっと……はい、これ見てみなよ」

 田中から渡されたスマホの画面には、【聖王杯予想サイト】と表記されていた。

「えーっとそれで内容は……『優勝候補者は誰か、投票して予想しよう』……?」

 出走表のような表の一番上に魔王の名前があった。さらにその下にも他の誰かの名前がずらりと並んでいる。

 名前の横にある数字は、オッズか?
 たしかにこれ見ると、魔王がぶっちぎりだな。

「なるほどな。これでだいたい理解できた」

 魔王が優勝した場合のことを考えて、今から取り入ろうって考えか。

 やれやれだ。そんなの魔王に期待するだけ無駄だってのにな。

「自分たちで優勝しようって気はないのかね」

「それ難しいと思うよ」俺の言葉に、田中は難しい顔をしている。

「……どういうことだ?」

「学力と体力テスト、個人能力を総合的に判断して、優秀な生徒だけを選出するみたいだよ」

「……なるほどな。じゃあ早々に連中は諦めたってわけか」

 俺は陽キャたちを見遣り、呆れたようにため息をしたそのときだった——

 教室の前の入り口でざわめきが起こり、一人の女子生徒が入ってくる姿が見えた。

 ◆◆◆◆

「——失礼しますわ」

 そいつは突然現れた。
 歩くたびに縦ロールが、ふわふわと揺れている。

 「邪魔ですわよ」彼女の言葉に、陽キャ達がサッと割れた。
 
 彼女は中心を悠然と歩き、魔王の席の前に立ち——

「——貴女がヴァルキアナさんですわよね?」

 サっと長い髪をかきあげ、凛として魔王を見据えた。
 魔王は一瞬だけ彼女の顔を見て、すぐに本に視線を下ろす。

「佳織様が聞いてるじゃありませんか……!」

「そーよ、なんとか答えなさいよ!!」

「なあ……なんだ、あの連中?」

 縦ロールと一緒にいた四人の女子が、魔王に向かって喚き散らしている。

「えっとね。彼女は金ヶ崎佳織かねがさき かおりさん。金ヶ崎重工の社長令嬢だよ」

「へぇ〜あの大企業のお嬢様ねぇ」

 金ヶ崎重工って銀行・造船・宇宙開発を手がける大企業だ。

「ヴァルキアナさん……貴女、聖王杯から辞退していただけませんか?」

「——断る」魔王の言葉に、金ヶ崎の表情が少し険しくなる。

「このわたしがお願いしてますのよ?」

「——くどい」

 金ヶ崎の表情がさらに険しくなっていく。
 ピリピリとした空気が、二人の間に漂っている。

「わたしの話を聞きなさい!」

 金ヶ崎は魔王の手から本を取り上げ、静かに睨みつけた。

「貴女が聖王杯に出たい理由を、教えていただけませんかしら……」

 ピンと張り詰めた空気に、教室にいた全員が緊張が高まる。

「貴様に言う必要はない……失せろ」

 冷たく凍るような口調で言い放つと、魔王は机から本を読み始めた。

「ま、いいですわ! 貴女は自分の虚栄心を満たすためだけなのでしょうし」

 金ヶ崎は「ふふん」と鼻で嘲笑い、俺の本を投げ捨てた。

「わたしはどんな勝負でも常に一番でしたの!」

 ——ペラリ 魔王は金ヶ崎に目もくれず、ページを捲った。

「ですからわたしは聖王杯でも、必ず全生徒の頂点に立つと強い志で臨んでいますのよ!」

 ——ペラリ、ペラリ 
 
「これはわたしの名誉と金ヶ崎家の後継者としての矜持……!」

 ——ペラペラペラ

「——って、ちゃんと聞いていますの!?」

 金ヶ崎の怒りのツッコミが、教室に響き渡った。

 シンと静まり返った教室で、ページを捲る音だけが聞こえている。

「わたしが、他人にここまでコケにされたのは初めてですわ……!」

 握りしめた拳をわなわなと震えさせ、金ヶ崎は恨めしそうに魔王を睨んでいる。

「ヴァルキアナさん! 聖王杯出場を賭けて、貴女に勝負を挑みますわ……!」

 ——ざわっ! 金ヶ崎の放った言葉に、教室内がどよめいた。

「なあ、聖王杯って辞退も可能なのか?」

「うん。申請すれば辞退は可能みたい」

「……だとすれば、金ヶ崎、割と頭が切れるな」

「んーそれってどういうこと……?」

「単純な話だ。一番人気のヴァルを辞退させれば、自分の勝つ確率が上がるからな」

「これは推測になるんだが」と前置きする俺を、田中は興味深そうな顔で見つめている。

「2から10位以下までのオッズは、ほぼ横ばいなんだよ」

 俺はオッズ表を指さし、画面をスワイプさせていく。

「現在金ヶ崎の人気は7位。魔王と金ヶ崎を除けば、あとは上級生ばかりだ」

「……あ、ほんとだ。これってもしかして——」

「ああ。全員の実力は、ほぼ同じの可能性は高いな」

 オッズ人気がバラけたのが何よりの証拠である。
 金ヶ崎もそう考えたからこそ、なんとしても魔王で辞退させたいはずだ。

「——さあどうしますの? まさか逃げたりはしませんわよね……?」

 挑発する金ヶ崎を、魔王はチラリと見遣ると「ふっ」とせせら笑ってみせた。

「ぐ……そうですか。どうしても勝負を受けてくれないのであれば、仕方ありませんわね」

 そう言うと、金ヶ崎は俺の方へゆっくりと近づいてくる。

 ——ゾクリ 俺の全身に悪寒が走る。

 な、なんかすごく嫌な予感がするんだが、気のせいか?

「——では、相馬様も賭けてというのは、どうでしょうか?」

「は……はあああああああ!?」

 金ヶ崎は俺のネクタイをグイっと引き寄せ、そっと顔を近づけた。

「うふふ、実はわたし、相馬様に一目置いていましたのよ」

「な、なんで俺!?」

「相馬様は学年トップの秀才……金ヶ崎重工の役に立つと確信しているからですわ……それに——」

「顔も好みですのよ」彼女はチロっと舌舐めずりをし、耳元でそっと呟いた。

「ダ……ダメだ!」

 ——ガタンっ! 魔王が立った勢いで、椅子が派手に倒れた。

 金ヶ崎に注がれていた視線が、一斉に魔王へ向けられる。

「相馬にだけは手を出すのは、我が輩が許さん!」

 険しい目で魔王が金ヶ崎を睨みつけている。

「ふ、チョロいですわね」金ヶ崎はニンマリと勝ち誇ったような表情を浮かべた。

「——では、どうしますの?」

「いいだろう……貴様の挑発に乗ってやる」

「うふふ……じゃあ出場と相馬様を賭けてということで異論はありませんわね」

「ああ、ない……!」

 互いに睨み合う二人の間に、激しく火花が散っている。

 え、これって俺が勝負の餌にされたのか……!?

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