第3話

「相馬よ、我が輩とポッキンゲームをしないか?」

「……は?」

 魔王は手に持った箱をカタカタと揺らしている。

 時間は午後11時を少し過ぎたところだ。
 俺は今日から始まるラブコメアニメの放送を待機していた。

 この原作、日本で今一番売れているラブコメ漫画なのだ。
 
 期待に胸踊るせている俺にだ。
 魔王の唐突な提案に戸惑っているのだが——

「……急にどうしたんだ?」
「うむ……えっとそのだな……」

 彼女は前髪をしきりりにいじり、照れ臭そうな表情を見せている。

「じ、実はこ、このゲームがしゅ、しゅき好きな異性と親密度を高める儀式と最近知ってだな……」

 もごもごと口を動かして喋っているんだが——
 声が小さくて、なんとか「儀式」とだけ聞き取れた。

 ポッキンゲーム。
 本来ならスティック状のお菓子を両端から食い、途中で折れたら負けというゲームだ。

 だが、「儀式」となれば別の意味を持つのだろう。

 彼女は異世界の魔王だ。
 ただ単純なゲームなわけがないし、深い意味があるに違いない。

「……よしやってやる」

「ほ、本当か……! 本当にいいのか!?」

 魔王あの喜び様から、この儀式の重要性が高いことを意味するんだな。

 それと俺に頼むってことは、二人じゃないと成功が難しい儀式なんだろう。

「ああ、やるからには真剣だからな」

「そうか……オマエも本気なのか。それほど我が輩のことを——」

 ふふ、と彼女は嬉しそうに頬をゆるませている。

「——では用意はいいか、相馬」

「ああ、いつでも構わないぞ」

「——ん」彼女はポッキンの端を口に挟む。

 俺が反対側を咥えると、彼女はゆっくりと端から食べ始めていく。

 俺を真っ直ぐで真剣に見据える魔王。

 折れたら儀式が失敗——
 そんな強い意志が彼女の慎重な行動から伝わってくる。
 
 重要な儀式——ということは理解してるんだが……
 魔王の顔が近いってだけでも、ドキドキと俺の心臓が高鳴りビートを刻む。

 パリパリと食べ進む魔王。
 それに対して、俺は躊躇い気味にそれほど進んでいない。

 いや、これさ……
 このまま行くと、”キス“することになりません?

 そう考えている間に、魔王の顔がどんどん距離を縮めてくる。
 もうまもなく互いの唇が触れあいそうになったその時——

「あぅ」魔王が小さく叫んだ。

 それと同時にボキっと乾いた音を立て、ポッキンは折れてしまった。

 ほっ……よ、良かった。
 魔王には悪いけど、キスを回避することができたからな。

 チラリと魔王を見やると、彼女は顔を真っ赤にさせ伏せていた。

「なあおい、魔王……?」
「もう一度だ……もう一度やるからな!」

 再びポッキンを手にした彼女は、気迫のこもった瞳を向けてきた。

 うん、俺も恥ずかしいとか言ってる場合じゃないな。
 魔王のためにも、この儀式はぜひにでも成功させてやりたい。

「おう、成功するまで付き合ってやるさ……!」

「え?」魔王は一瞬驚いた表情を浮かべたが——

「——そ……そこまで我が輩と……うむ、なら仕方ないな」

 魔王は髪を耳にかけ、再びポッキンを口にした——

 23回目の失敗に、魔王の背中は哀愁を感じさせていた。

 その気持ちはわからんでもないが、凹みすぎだろ。

 儀式に使用する菓子は、一箱24本入りである。

 成功するまで何度もチャレンジすればイイと思うのけれど。
「この一箱で成功させることが重要」魔王はそう言っていた。

 ただ、ポッキンが不自然に折れた感覚が何度もあった。
 魔王が意図的に失敗した、とは考えにくいよな。

「まだ続けるんだよな?」

「も、もちろんだ……! ここで終わっては意味がないからな……!」

 彼女の瞳の奥に「まだ諦めない」という強い意志が見える。

「……分かった。だったら今度こそ成功させようぜ」

 魔王のためにも成功させてやりたい。

 だから最後まで付き合うつもりなのだが——
 
「——でさ、今さらなんだけど……これ成功したらどうなるんだ?」

 そう、俺はまだ「成功の条件」「成功した場合の結果」を聞いてはいないのだ。

「く、詳しくは言えんが……オ、オマエと我が輩が幸福に包まれる儀式だ」

「……はぁ? なんだよ、それ」

「そ、それ以上は聞くな……!」彼女は最後の一本を咥えた。

 幸福になれる儀式ってなんだ?
 いまいち飲み込めないが、まあ悪い事が起きないなら問題はないか。

 最後の一本だし、今度こそ成功させてやりたい。

 そんな思いを巡らせ、俺がポッキンの反対側を咥えようとした瞬間だった——

 何を思ったのか、彼女がすっと目を深く閉じた。

「それ成功率が下がるじゃないか……?」

「いや……この方が成功率が上がるような気がするのだ!」

 目を閉じたほうが失敗しそうなんだが。
 でも彼女も考えあってのことだろう。

 って、これ今まで以上に「キス顔」じゃね?

 いや待て待て待て。
 魔王だってそんなことを考えて、このゲームに興じている訳じゃないだろ。

 真面目にやってる魔王に失礼だと思わないのか——って、無理だよ!

 あーもう! ますますキスする顔にしか見えんぞ!?

 完全に俺の頭の中は「儀式」から「キス」に上書きされてしまってる。

 自分の部屋で、美少女とキスしようとしてるんだけど!?

 悶々と苦悩する俺を他所に、魔王の唇が近づいてくる。

 薄紅色のぷるぷると潤んだ唇。
 その唇に釘付けされた俺の心臓がぶるぶると震えている。

 あーヤバいヤバいヤバい!
 どうするんだ、俺!
 このまま魔王とキスしちゃうのか!?

 いやね、魔王とキスするのが嫌とかじゃないんだよ?

 ただ「儀式」に託けて、「キス」するのは俺の流儀に反するだけなんだが——
 
 魔王の口から漏れる吐息が俺の鼻先に触れる。

 ——バクンバクン! 甘くていい匂いの吐息に、胸が張り裂けそうになる。

「……ふぉーしたのら?どうしたのだ?

 不意に眼を開けきょとんした魔王の顔に俺の心臓が最大に飛び跳ねた。

「な、なんれもないれす……」
ふぉうかそうか……れはふふけるふぉでは続けるぞ

「——ひゅっ!?」

 ま、魔王の鼻先が俺の鼻に触れた!?

 どどどどーするんだ?
 もうここまで来たら回避不可だぞ——

 ——バキ 

 今日、何度も聞いたポッキンが折れた音。
 それは儀式に終了の合図でもある。

 まあ、終わらせたのは俺なんですけどね。

 魔王とキスするのが怖くなっただけという、なんとも情けない理由だ。

 いやね、心の準備とか。
 もっといい雰囲気を作ってとか。
 そういうのを大事にしたいというか。

 どちらにせよ俺は根性無しのヘタレですよ、はい。

 「儀式失敗してすまん」素直に口から出た言葉。
 俺は魔王に頭を下げたのだが——

「……い、いや構わん」

 なぜか魔王は妙に落ち着きがないし、ソワソワとして、前髪をいじっている。

 顔も耳も茹で蛸みたいに真っ赤だ。

 儀式が失敗したってのに、落胆するでも怒るでもなく……これ照れてるのか?

「うぅ〜……」唸り顔に恥じらい色を溢れさせた彼女は、上目遣いで俺を見ると——

「きょ、今日はここまでにしといてやる……」

 言ってぐしゃりと箱を握りつぶした。

 ****

「ふぅ」なんとかアニメに間に合い、ほっと安堵していたが——

「で——なにやってんの、おまえ」

「……別に」頬を膨らませた魔王は、素っ気なく答えた。

 一人用の椅子で、座る隙間がほぼないのにだ。
 彼女は無理矢理座り、その背中をぴったりと密着させている。

「別にって……意味わからんのだけど」

 俺の不満に、魔王はむぅとひと唸りして、

「……ふん、我が輩もアニメを一緒に観たいだけだ」

 彼女は素っ気なくぽつりと答えた。

 なんか拗ねてるような気がするんだが……
 うーん、俺の気のせいか?

 アニメの放送中、魔王は一言も話さず、食い入るように視聴している。
 ときおり小さく笑ったり、ヒロインの言動に共感して頷いたりしていた。

 そういえば魔王も原作漫画を読んでたな。
 何度も何度も読み返すくらい、気に入ってたから、アニメにも興味があるのか——

「……ん?」

 アニメも後半に差し掛かった時。
 俺はとあるシーンで、なぜか強烈な既視感を覚えた。

 ヒロインがポッキンゲームを提案し、嫌がる主人公に強制的にゲームをやらせる場面だ。

 ……これってたしか原作1巻の2話だったよな。
 俺を含めファンの間でも、それほど盛り上がらなかった話だ。

 それがどうして——

「——あっ!?」
 
 その瞬間、俺は全てを理解した。

 魔王がポッキン一箱で終わらせたかった理由。
 このアニメを観た後、俺が警戒すると考えたんじゃないのか?

 だとしたら、今までやってきたポッキンゲームは……
 異世界の儀式じゃなくただのリア充ゲーム!?

 え、ちょっと待て待て。
 魔王の目的は、俺とキスすることなのか!?

「来週も楽しみだな。そう思うだろ、相馬」

 彼女の艶っぽい声に、俺は動悸がバクバクと止まらない。

「お、おう」これが精一杯。今はこれ以上言葉が出てこない。

 沈黙の中、エンディング曲が流れ始めていた。

 魔王はその曲を口ずさみながら、本をペラペラと捲っていたのだが——

 なんか、見覚えのあるエロいシーンがあるんだけど…‥

「ちょっと待って……おまえ、その本ってまさか——!?」

「うむ、これは相馬が隠していた18禁の同人誌だ」

 言うと彼女はドヤ顔で、一番エロいシーンを俺の前に突きつけた。

「はあああああ!? え、おま、ええ〜……どうやって見つけたんだよ……」

 絶対に誰にも見つからないように、引き出しを二重底にしたのに……

「うむ、佳奈と一緒に隠し場所を見つけてな」

 なに、え、妹にまでバレてんの?
 え、は、なに……ちょ、頭が混乱してるんですけど!?

 魔王はまた一枚ページを捲り——

「——そうか……次はこれを参考にすればいいのか」

 ぽつりと小さく呟いた言葉を、俺は聞かなかったことにした。

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