「最強なのにかわいすぎて異世界を追放された姫魔王は学園ラブコメのメインヒロイン〜冷酷無比だけど実は純情乙女で俺のことを好きすぎる件〜」 第3話

 放課後の調理実習室——

 聖王杯出場権と俺(なぜか)を賭けての料理勝負が始まろうとしていた。

 で、なぜ料理対決になったのか。
 実は金ヶ崎が『料理対決』を提案したのである。

「——よく逃げずに来ましたわね」

「ふっ、我が輩に逃げるという選択肢はないのでな」

 睨む金ヶ崎に、魔王は余裕の笑みを見せている。

「勝負は料理対決。どちらが美味しいかを相馬様に判断していただきますわ……!」

「承知だ」

 二人の間に流れるピリピリとした空気。
 張り詰めた緊張感が、ヒシヒシと伝わってくるな。

「——では開始ですわ!」

 金ヶ崎の合図と共に、二人は調理が始まった。

 廊下には多くの生徒たちが、この勝負を見届けようと集まっていた。

 余裕の笑みを浮かべる金ヶ崎。
 それは彼女の用意した食材を見れば一目瞭然だ。

 霜降り肉の塊、高級果物に新鮮そうな野菜の数々。
 魚介類なんてマグロや鯛まで用意されている。

 『各自で食材調達すること』と条件を出したのは金ヶ崎だ。

 魔王と自分との食材における圧倒的なアドバンテージ。
 これを見越しての条件だったと、今なら分かるんだが——

「たぶん、勝って当然って考えてるんじゃないかな、金ヶ崎さん」

「おまえ、なに言ってんだ? まだ勝負は始まったばかりだろ」

「だって金ヶ崎さん、フランス料理コンクールで何度も賞を取ってるからね」

「は……?」

「あとね、彼女は二つ星レストランオーナーだよ。フランス料理の」

「な、オーナーだと!?」

「うん」田中はコクンと頷いた。

「……なるほどな、金ヶ崎は最初から勝算があったってことか」

 金ヶ崎の材料を見る目は、真剣そのものだ。
 手に持ち、匂いを嗅いだり触ったりして、材料を吟味しているようだ。

 高校生で、二つ星のレストランオーナーで料理の腕まで一流。
 それはもう「チート」じゃねーか……!?

「相馬様……『勝敗とは戦う前に決まっている』ものですわよ」

 調理の手を止めた金ヶ崎は、一瞬俺を見てニヤリと微笑んだ。

「ヴァルキアナさん! 貴女を完膚なきまでに叩き潰して差し上げますわよ!」

 金ヶ崎の勝利宣言に、観戦していた生徒たちから、わっと歓声が上がる。

「ふむ……」

 だ、大丈夫か? あいつが用意したのは、普通のスーパーで売ってる平凡な食材ばかりだ。

 牛と豚肉の合挽きミンチ、パックの卵、玉ねぎだけで、金ヶ崎に勝てるのか……!?

「ふふ。そのようなショボい材料でわたしに勝てると本気で思ってますの?」

「ふっ、問題はない。それよりも貴様は負けたときの言い訳でも考えておくのだな」

「……そのお言葉、そっくりお返ししますわ」

 再び激しく火花が散らせる金ヶ崎と魔王。
 二人共、互いに勝ちを譲る気はなさそうだ。

 ****

 勝負開始から三十分後。二人の料理はほぼ同時に完成した。

「さあ、できましたわ!」
「ふむ、我が輩も完成だ」
「——二人ともオムレツ!?」

 二人とも同じ料理が出てくるとは、驚かされたな。

「……あのさ、どうして金ヶ崎はオムレツなんだ?」

「ふふ……オムレツはわたしの得意料理スペシャリテですのよ」

 俺の問いに、金ヶ崎は誇らしげな表情を見せている。

「スペシャリテ……?」

「ええ。この勝負で勝つためにはと、判断しましたの」

 そう言えば、なにかの本で読んだことがあるな。
『オムレツ』は作り手の技術が相当要求されるって。

 なるほどな。得意料理スペシャリテというだけあって、フレンチらしい仕上がりのオムレツだ。

 皿の縁に沿って敷かれた赤いソース。
 オムレツの横にさりげなく添えられたバジル。

 それらの存在がオムレツを引き立てている。

「料理は芸術アート」金ヶ崎はそう言っていたが、まさにそう感じさせる一品だ。

 料理を通じて、彼女の本気がひしひしと伝わってくるな。

 対する魔王のオムレツは至ってシンプルだ。

 白い皿の上に置かれたオムレツ。
 その上には真っ赤なケチャップがかけられている。
 炒めた玉ねぎとひき肉は、オムレツの中に混ぜ込んでいるのか。

「——じゃあ、いただきます」

 俺は金ヶ崎のオムレツにナイフをスッと差し込んだ。

 ふわふわとした焼き上がりに、焦げ目のない黄金色の表面。
 立ち昇る芳しい香りが、たまらなく俺の食欲を刺激する。

 期待を膨らませ、俺はパクリとオムレツを口に含んだその瞬間——

「——お味はどうですか、相馬様?」

「……め、めちゃくちゃ美味いぞ、これ!?」

 とろりとした半熟玉子の滋味深い味。
 バターのコクと風味が相まって、なんとも言えない味を醸し出している。

 咀嚼したオムレツが喉を通りすぎ、胃の中に落ちてもなお後を引く味。

「美味かった……それじゃ次は魔王の料理だな」

 うーん。金ヶ崎のオムレツとはどうしても差が出てるよな。

「……どうした、相馬。早く食べないと冷めてしまうぞ」

 未だ料理に手をつけない俺を、魔王は少し心配そうな顔を向けている。

「い、今から食べるから……」

 魔王のオムレツを前にし、俺の手が緊張で震えていた。

 どうしたらいい……?
 魔王が負けたら、俺はなんて声を掛けたらいいんだ?

「ふぅ……」悩みまくる俺の姿に、魔王は呆れたため息を漏らした。そして——

「相馬、口を開けろ」

「は……なんだって?」
「いいから口を開けろと言ってるんだ」

 むーっと拗ねたように顔を膨らました魔王。
 箸を突き刺したオムレツを、俺の口にぐいっと押し付けてきた。

「なにやってんの……?」

「オマエがいつまで食わぬから、我が輩が食べさせてやろうとしているのだ」

「はああ!? あのそれってつまり……」

「あーんをしろ、と言ってるのだ……!」

「——お、ちょ、おま……ふごっ!?」

 魔王によって半ば強制的にこじ開けられた口へオムレツがねじ込まれる。

 刹那、オムレツが口の中でふわっと溶けた。

「——う……うまっ!」

 見た目からは判断できなかったが、柔らかさは金ヶ崎のオムレツと同等だ。

 噛んだ口の中でシャクシャクした歯応えは、微塵切りした玉ねぎか。
 半熟卵に混ざった合い挽き肉も良い味を出している。

 金ヶ崎の美味さが人の領域とすれば、魔王の料理は神の領域……!
 そう言っても過言じゃない味付けだ。

「な、なんか泣けてきた……」

 気づけば、俺の両目から涙が溢れ出していた。

 人間って本当に美味いものを食うと、感動して泣くんだな。

 俺の杞憂だったな。金ヶ崎の料理に魔王が負けるとか、余計な心配だったってことに。

「——ごちそうさまでした」俺は手を合わせると、魔王と金ヶ崎の顔を見やった。

「して、相馬よ……どちらの料理が美味かったのか、判定をしてもらおうではないか」

 魔王の顔は勝利を確信している顔だ。
 逆に金ヶ崎の表情からは、動揺の色が見て取れる。

 まあ、二人の料理を食べているときの俺の反応の違いを見れば当然だな。

「——勝者・ヴァルキアナ……!」

 敢えて、俺は大声ではっきりと宣言した。

 その瞬間、観客ギャラリーたちの歓声が上がる。

 魔王も少し口元を緩ませ、どことなく嬉しそうだ。

「——今の結果に納得いきませんわ……!」

 悔しさに顔を歪ませた金ヶ崎が、俺と魔王を見据えている。

「ほう、どう納得がいかぬのだ……?」

「わたしの料理が、貴女の平凡なオムレツに負けるとかありえませんわ!」

 金ヶ崎の怒声に周囲がシンと静まり返る。

「——それは違うぞ、金ヶ崎」

「相馬様……」

「魔王はさ、食べる相手のことを考えて作ったんだろ。だからその差でおまえは負けたんだよ」

 食べて初めて知ったけど、俺の事を想って作った料理と、そうじゃない料理の差。

 これが命運を分けたんだと。

「ほら、金ヶ崎も食ってみろよ。ヴァルのオムレツをさ」

 俺が差し出した皿には魔王のオムレツ。
 金ヶ崎はそれを摘んで、パクっと口にした。

「な……!?」驚嘆の声を漏らした彼女の瞳から、ポロポロと大粒の雫が流れ落ちていた。

「な、美味いだろ?」

「ええ……わたし、今までこんなに美味しい料理を食べたことありませんわ……」

 金ヶ崎は嗚咽を漏らして感動の涙を流している。

「わたしの完敗ですわ」呟いた金ヶ崎の顔は清々しく見えた。

 勝負だってのに相手の料理を素直に認めるあたり、悪い奴じゃないんだな。
 
 ——パチパチパチパチ 二人の健闘を称える惜しみない拍手が贈られている。

「それにしても、おまえが料理を作れるなんて知らなかったな」

「我が輩も料理を作るのは初めてだったからな……知らなくて当然であろう」

「……ちょ、ちょっと待て!? 料理を作ったことがないのか……本当に!?」

「うむ、事実だ」魔王はコクリと頷いた。

 た、たしかに一緒に暮らしていて、今まで一度も魔王が料理する姿を見たことがない。
 
 でも料理に自信があるからこそ、勝負方法に異議を唱えなかったんじゃないのかよ……!?

「それでオムレツなんかよく作れたな……」

「うむ。金ヶ崎が作ってるのを見て真似ただけだからな」

 な……なんて奴だ
 見よう見まねでオムレツを作れるとか、天才じゃねーか……!?

「じゃ、じゃあ俺の好みの味とか、食べる相手のことを考えたりは——」

「そんなものはない」ドヤ顔で答える魔王。

「……あれ? でも金ヶ崎の真似ってことは、金ヶ崎と同じ味にしかならないよな?」

 それだと
 材料の差はあったとはいえ、金ヶ崎の味を凌駕した理由が分からない。

「おまえ、よく勝てたな……」

「ふっ……それはな」魔王は顔をそっと近づけて——

「——食べた人間の《《味覚を10倍に上げ魔法》》を料理の中に混ぜておいたのだ」

 俺の耳元で小さく囁いた。

「……それってつまり、魔法の効果ってことか!?」

金ヶ崎やつも言っていただろ……『勝敗は戦う前に決まっている』とな」

「な……チート!? それってずるくないか、おまえ……?」

「卑怯……? ふっ、それは我が輩には褒め言葉だな」

 魔王は冷たい微笑みを口元に浮かべていた。

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