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ゴートソルジャー 〜ビギニングウォー〜(前編)

はるか遠い大陸にある小国が2つあった。北と南に分かれたその小国たちは両方とも軍事科学力に優れており、新兵器を作っては導入を繰り返し戦争を続けてきた。そんなある日、北の小国はとある山で実験を行っていた。それは人間の高度な知能と動物の身体能力を掛け合わせた獣人兵器の生産計画である。実験が上手くいけば北の小国は戦力不足を補うことができる。すなわち勝利に一歩近づくという訳だ。雪が年中降り積もる山の基地にて、北軍少将エドワルドと科学部門博士の1人ウィンキーを筆頭にその研究が続けられていたが、ある問題が発生した。獣人兵器は元々人と獣を掛け合わせてはじめて誕生する兵士である。それ故に最低でも1人の人間と1匹の動物が必要になってくる。動物はすでに確保している。山羊だ、それもこの山に住むかなり大きめの山羊だ。立派な筋肉と角、実験にはうってつけだ。だが、それに掛け合わせる人間がいないのだ。エドワルドはその辺の新人兵士で試せば良いと冗談混じりにいうが、聞いていた兵士は冗談ではないと突っ込みを入れる。長年部下から慕われているエドワルドの発言でさえもこのザマなのでる。万が一失敗すれば命がなくなる危険性もあるのだ。すると博士であるウィンキーはエドワルドや兵士たちに案を出す。この場の人間がダメなら山を降りた街で実験台にピッタリの人材を徴集してはと。だがエドワルドは反対した。流石に一般市民を巻き込むわけにはいかないと。一同は頭を抱えてまた悩む。


そんな北軍の面々が頭を抱えている中、山には1人の青年がいた。名をバサン、いつも野生の山羊と戯れて遊ぶ変わり者である。彼の仕事は野生動物の保護観察員。よりわかりやすく言えば、彼は遊ぶついでにこの山の山羊をひとりで守っているのだ。最近は山羊の肉を狙って密猟者が後を絶たない。その密猟者の一部が、まさか自国の軍である北軍である事は能天気な彼が知る事はなかった。無理もない、北軍の獣人兵器生産計画はまだ公にされていないのだから。彼の1日は山羊たちと戯れつつも密猟者への警戒は怠らず、仕事終わりには自分の淹れたコーヒーを山小屋で飲んで寝る、その繰り返しであった。今日もそんな1日で終わるはずだった。だが、神の気まぐれか彼の日頃の行いが今ひとつだったのか、彼は急な悪天候に遭遇し山羊をひとりで安全な場所へ避難させているところを雪崩が襲う。山羊たちは無事であったが、バサンはただ1人雪崩に巻き込まれる消息を絶った。


雪崩が起こった翌日、北軍の基地の外にはエドワルドが1人パジャマ姿でコーヒーを飲み山の景色を眺めていた。兵士からは相変わらずと小馬鹿にされていたが、エドワルドはそんな兵士に対して「軍服よりも楽でいい。」と一蹴する。そんなパジャマ姿のエドワルドが山を眺めていると、違和感を覚える。よく見ると、真っ白な雪の中に何かがひょこっと出ているのだ。エドワルドが双眼鏡で確認すると、人の手が1本だけ地上に出ている。エドワルドは兵士を率いて救助に向かう。


北軍の基地は朝から大騒ぎ状態だった。青年はタンカーに乗せられ基地まで運ばれた。基地内の医療設備でなんとか青年を助けようとしたが、彼は重症であった。だが治療中、そんな怪我だらけの状態でも彼は山羊の身を案じていた。兵士たちに「山羊はどうなった?」と何度も尋ねていたが、それに答える者はいない。そして手遅れだったのか、彼はゆっくりと息を引き取った。それを見ていたエドワルドは、自国の技術で人を救えなかった事に憤りを感じた。国のために命をかけるのは軍隊の仕事、それ故に無力な市民が目の前で息絶えるのは例え戦場でなくても堪えてしまうのだ。するとエドワルドはある事を思いつく。ウィンキーをはじめ兵士たちも耳を疑った。

「彼を獣人兵器にする事は出来ないか。」

実際不可能な事ではない。本来であれば生きた人間と動物を合わせる予定ではあったが、DNAの量が足りていれば基本的に問題ない。それにエドワルドはこの心優しき青年を何とかしたいという思いで一杯だったのだ。当然、この案には賛否が分かれた。もし人としての理性が機能しなかったら、自分たちの意図してない生物が生まれたら。だが、今まで戦争で人の倫理観なんぞ跳ね飛ばしてきた彼らにとって、そんな賛否の議論なんて演技に過ぎない。心の中では期待してしまっているのだ、良い実験台を得たと。結局、うわっつらだけで心の底から彼を救いたいと願うのはやはりエドワルドだけであった。


その後基地内にて彼の遺体と生きた山羊が獣人兵器を作るための融合装置に入れられる。ウィンキー博士が装置を動かすと緑色の閃光と共に一体の生命体が装置の中で誕生した。背丈は小学生ほど、体は人間で何故か頭部だけ山羊の骨で構成されていた。装置の外から見ていた周りの兵士たちは愕然とする、恐らく失敗だろうと。だが命じたエドワルド本人はそんな事よりも無事かどうか心配でなかった。すると完成したその獣人兵器はあろう事か、装置の内部からコンコンとノックをしてくる。まるで早く開けて欲しいと言わんばかりに。エドワルドは急いで装置を開けさせ改めてその獣人兵器と対面する。エドワルドは獣人兵器に質問する。

「君は、自分が誰かわかるかい?」

言葉は恐らく通じている。だが、自分の存在は理解していないようだ。この光景に実験としては成功した為周りの兵士たちは喜んだが、エドワルドだけは笑顔を見せる事はなくなった。


その後エドワルドは司令室でウィンキー博士の話を聞く。生物合成という名目でいえば実験は成功。DNA量が規定値を満たせばどちらかが死体であっても生産が可能。しかし今回の実験でわかったのはそれだけではない。不完全な素材で生産した場合、体に不具合が生じる。今回の獣人兵器の頭がほぼ骨だけで構成されていたのはそのためなのだ。そしてもう一つは生前の記憶がなくなる事。今回は人間の遺体を使った事が原因だと考えられているが、元々別々の生き物を掛け合わせて作る兵器であるので、仮にちゃんとした素材同士でも記憶の混同や消去は今後あり得るのだ。エドワルドはその報告に空返事をして司令室を出る。彼は落ち込んでいたのだ。未来ある青年を助けられなかった事は自分の所為ではない。だが、自然の摂理に反してまで彼を助けようと試みたにもかかわらず、生まれたのは事実赤子だったのだ。するとエドワルドの後ろから何かが足にしがみつく。あの獣人兵器だ。

「おじちゃん、コーヒー飲みたい!」

エドワルドは驚いた。記憶が無いとはいえ高度な知的生命体が生まれた事に変わりはなかったのだ。兵士たちは見つけたと獣人兵器を捕まえようとするが、獣人兵器はひらりとよけ兵士たちを嘲笑う。

「私を捕まえられるやつなんて、この世にいない!」

しかし獣人兵器はその後あっさりとエドワルドに抱えられ捕まった。エドワルドは世話をしていた兵士たちに話を聞く。すると兵士たちからは驚きの答えが返ってきた。生前の記憶や知識が断片的に残っているという。名前や出身は覚えて無いが、山羊の生態やコーヒーの淹れ方にかなり詳しいらしい。それを聞いてエドワルドはほんの少しばかり心が晴れた。あの青年は形や思考は違えどまだこの世に残っている。記憶を復活させる事は出来ないだろうが、せめて自分の手でまた明るい未来を築いてあげようと心に決めた。その後、獣人兵器の素材として使われたあの青年の持ち物から免許証が見つかり、その通り彼は「バサン」と名付けられエドワルドをはじめ兵士たちに育てられていく。 


バサンはとにかく凄かった。身体能力は人の倍以上、学習能力も桁外れ。しかも銃器の扱いもすぐに覚え、小さいながらも訓練でトップクラスの成績をおさめた。一方で性格は度を超えた変わり者で、一言で表すのならば「ウザい」に尽きる。バサン曰く訓練は遊びでしかないらしく、その生意気な態度が兵士たちを毎日悩ませる。しかしそれでも、そんな生意気なバサンをエドワルドをはじめ兵士たちは可愛がった。そんなある日、バサンは基地の司令室でエドワルドと2人でコーヒーを楽しんでいた。普通なら大人が淹れるのだが、この基地ではバサンの仕事なのだ。バサンの淹れたコーヒーは至極美味い。エドワルドもまたそのコーヒーのファンなのだ。コーヒーを淹れ終わると、美味しく飲むエドワルドの横でバサンはじっとカップに入ったコーヒーを見つめている。エドワルドが「どうした?」と声をかけると、バサンはエドワルドに質問をする。

「どうして私は皆んなと顔が違うの?」

エドワルドはコーヒーを飲むのをやめ少しだけ考えた。恐らくバサンも気付いている部分はあるだろう。本人は皆んなと仲良く遊んでいるつもりだろうが、周りにいるのは自分とは違う生き物、この子にとって自分とは何なのか考えさせられるのは当然のこと。どう接するべきか悩んだエドワルドはこう話した。

「いいかバサン、たしかにお前はこの基地にいる人間という種族でも、かといって山羊でもない。だがな、お前は生意気で、運動神経抜群で、コーヒーを淹れるのが得意な優しい子だ。だから顔が違うからといって気にする事はない。難しいだろうが、いつかわかる日が来る。皆んなと違ってもいいという日が。」

バサンはエドワルドの言葉を今ひとつ理解する事は出来なかったが、とりあえず皆んなと一緒にいてもいいという事がわかっただけで何故か満足していた。だが、そんなほのぼのとした空気はすぐに変わってしまうのだという事をバサンはまだ知らなかった。


獣人兵器であるバザンが誕生してから2ヶ月が経過した。バサンの体はすでに中学生程にまで成長していた。だが、バサンは基地の人間からはすでに息子同然に可愛がられていたためか、獣人兵器の開発は一向に進展しなかった。それこそ最初はただの実験台だと思われていたバサンであったが、彼の純粋な性格が戦争という殺伐とした空気を気がつけば消していたのだ。それ故に基地の人間は最早戦争なんてどうでもいいと言わんばかりだった。前線からは遠く離れた研究施設なら尚更な事であった。だが、そんな仮初の平和を打ち壊す存在が現れた。吹雪の日、基地の上空には飛行船、そこからは無数の兵士がパラシュートを使い落ちてくる。基地に警報がなった時点で既に敵は武器を持って侵入していた。そう、仮初の平和を打ち壊す者たち、それは南軍であった。エドワルドは兵士たちに指示を出し南軍の撃退を図るが抵抗虚しく、気がつけば基地のほとんどが占拠されてしまった。かろうじて残った兵士たちとエドワルドは司令室に立て篭もり、バサンを匿った。バサンは震えていた。ついさっきまで遊んでいただけなのに、自分はこの中で1番戦闘が出来るはずなのに、そんな考えたところで無意味な思考が彼の脳内をぐるぐると駆け巡っていた。無論それはバサンを抱えているエドワルドが同じ程感じ取っていた。もうすぐここにも南軍の兵士が押し寄せてくる。バサンは家族であり国家機密でもある。エドワルドは決心した、我が子を奴らに渡すくらいならと。エドワルドはバサンに銃や食料など兵士の装備一式を与えて司令室にある非常口のドアを開ける。その日は吹雪で視界は白い壁で覆われているようであった。敵の奇襲はたしかに成功したが、脱出した者をそう簡単に追う事も出来ない。バサンはエドワルドや兵士たちの顔を見て状況を察したが、バサンは涙ぐんだ声で「一緒に戦うから1人にしないで!」とエドワルドに懇願する。するとエドワルドはバサンにこう返した。

「思っていたのと違う。」

「え?おじちゃん?」

「やたら生意気で、化け物のくせにコーヒーを淹れる兵器など我が軍にはいらんのだ!我々が欲しかったのは冷酷な殺人マシーンであって、貴様のような気弱な生き物ではない!だから思っていたのと違うと言ったんだ!わかるか、我々は軍隊であって幼稚園じゃない!役立たずは処分する!」

エドワルドはバサンにそう罵声を浴びせ銃を向けると、バサンは泣いて非常口から走って吹雪の中を走っていく。例え知能が高くても、体が強くても精神の幼い彼がエドワルドの意思を100%汲み取ることは不可能だった。だが、追い出したエドワルドは戦闘中にも関わらず涙を流し、それを拭う事はなかった。エドワルドがバサンに思うこと、それは「こんな出会いと別れ、思っていたのと違う。」と。そしてエドワルドは司令室に侵入してきた敵を前にして叫んだ、己の最後の願いを。

「バサン、自由に生きろぉ!」

その叫びは機関銃と吹雪にかき消され、バサンに届く事はなかった。バサンは、生まれて初めての別れと孤独を体験し、たったひとりで白い世界を彷徨うのであった。

ゴートソルジャー〜ビギニングウォー〜

続く


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