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クラゲを飼う男

それは、激しい雷雨の日だった。くるぶしまで覆うほどの降水量、新品同然だったスーツもおじゃんだ。そんな中、この俺キタジマ・ヒデユキ(23)が得たもの、それは喋るクラゲだった。


日曜の朝7時、特別やる事もなく起床。テレビをつけ、パンを焼き、ソファに寝そべりながら食う。先週と変わらぬ風景、いや先週とは少し違うといってもいい。

「ヒデユキー。飯ー、飯をくれー。」

金魚鉢に入ってるまぁまぁ大きいクラゲ、名前はクラスケと名付けた。あの雷雨の日、排水溝に流れそうになったところを救助した。喋るクラゲにはびっくりしたが、なんか1時間くらいで慣れてしまった。俺にとっては喋るクラゲよりもスーツがびしょ濡れになった事の方が問題だったからな。どうやって持って帰って来たかって?レジ袋に詰めて来た。そんな喋るクラゲことクラスケは金魚鉢越しに餌を求めてくる。

「おーいヒデユキー。飯ー、飯ー、飯ぃ!ご飯ちょうだいよぉ!なんでくれないのぉ!ねぇ!」

めっちゃ金魚鉢を叩いて訴えてきやがる。なんか求め方がメールの返信を催促する女子みたいになってきたな。このクラゲ、正直いうとなんでも食う。俺はキッチンの棚から鰹節削りのパックを出して、中身を金魚鉢に注ぐ。

「ヒデユキー、オイラここに来て何日ー?」

「そうだな、大体5日くらいじゃないか?」

「最初は焼き魚とか、肉じゃがとか食べさせてくれたじゃーん。」

「よく覚えてるな、何を食わせていいかわからなかったから適当にあげたんだっけ。」

「続けろやじゃあ!なぜ一昨日から鰹節オンリーなんじゃい!!」

クラゲって、キレるんだ。

「だってお前にそんな食わせてたら食費なぁ。」

「いやさ、オイラも多少は我慢するよ?助けて貰ったし、衣食住を提供して貰ってる身としては文句はあまりいえないっすよ?」

「どうでもいいがお前難しい言葉知ってんな。」

「とにかく!毎日毎日鰹節食べたら、良くないと思います!!」

「そうか、具体的にはどう良くないんだ?」

「え、えっと、その、鰹節になっちゃいます!」

「ならねぇよ。そもそもまずお前がカツオになるところから始めないとならんだろ。」

「オイラはクラゲだ!」

うっぜぇなコイツ。トイレに流してやろうかな。エサに文句いいやがって、しょうがないな。俺は台所からツナ缶を出し食べさせる。

「ツナ缶かぁ、カツオが入ってる事には変わらんがマシか。他には?」

「他にだと?貴様の食事はそれだけだ。」

「はぁ!?ふざけんなよヒデユキー!この数日食べた食い物の主成分がカツオとマグロと食油とはどういう了見じゃあ!」

「ほぉ、マグロとは豪勢なものを食べたじゃないか。」

「いやだぁ!せめて寿司を食わせろ!寿司!すーし!シースー!シースーシー!!」

「そもそもお前、食べ物は本当にこんなの食べてて大丈夫なのか?」

「バカめヒデユキー。我々クラゲはなんでも食べる、マグロ、サメ、クジラ、ありとあらゆる買い物を食べれる、つまりクラゲは最強なのだ!」

ふーん。俺はスマホでクラゲの餌を調べると、大体プランクトンと出てくる。まぁ、プランクトン食べさせるより鰹節の方が楽だな。


昼時、俺はソファに寝そべりスマホゲームを楽しんでいた。

「ヒデユキー。暇だー。かまえよー。」

「うるさいな。遊んで欲しいのか?ならゲームでもやってみるか?お前のお粗末な触手でコントロールできるならな。」

「あら、あなたの股間についてる触手よりはお粗末ではございませんが?」

俺は金魚鉢を持ってトイレの扉を開ける。

「ぎゃー!ごめんなさい!謝ります!ごめんなさい!」


俺とクラスケは再びリビングに戻る。

「でも暇でしょうがないよー。ヒデユキー。」

「たしかに、金魚鉢に浮かんでるだけじゃ暇か。でもお前手で何か持てるのか?」

「うーん。持った事ないからわかんない。」

俺は金魚鉢に黒ペンを入れる。するとクラスケはペンを持ちキャップも外せた。

「わぁ!ヒデユキー!オイラ持てるよ!」

「おー、すげぇじゃん。じゃあこれになんか描いてみろよ。」

俺は金魚鉢に紙を入れるがぐしゃぐしゃになってしまう。

「すまん。これは確実に俺が悪い。お前が水の中に入ってた事忘れてた。あ、お前もして水がなくても大丈夫なんじゃないか?ペンを持てる筋力があるなら歩けるかもしれないぞ。」

「あー、たしかに試した事ないかも。ちょっとオイラを出してよ。」

俺はテーブルにクラスケを出してみると、クラスケは普通に喋り触手を使いぴょんぴょんとはしゃぐ。

「やったぁ!オイラ陸でも生活できるんだ!」

「良かったじゃんクラスケ!じゃあ一緒にゲームするか?」

「オイラ麻雀やりたい!ヒデユキー、お友達2人くらいを連れてきて、、、。がひゅうおあああ!!」

クラスケ、急に苦しみ始める。

「み、水ぅ!死ぬ、死ぬ、、、!どうしてこんな、めにぃい!」

「急に蒸発するタイプなのかよ!」


俺はその後急いで金魚鉢にクラスケを戻す。

「ふぅ。やっぱり完全に水から離れたら30秒くらいしか保たないみたい。」

「お前の苦しみ方ホラー映画さながらだったぞ。しばらく見たくないな。あとお前、要求が毎回おっさんくさいな。」

「ヒデユキー、映画ってどんなのー?」

「お前、寿司とツナ缶知ってるのに映画知らないのか?」

「写真的方法によって撮影したものを光学的方法を使ってスクリーンに映し出し、それを鑑賞するというのは知ってる。」 

「お前表面の知識は人以上だな。」


結局、2人でホラー映画を見る事にした。といってもB級のゾンビ映画だが。クラスケはゾンビに人が噛まれるシーンを見てため息をつく。

「はぁ、人ってこんなシーンでビビるの?」

「あれ?お前何にも感じないのか?驚いたり怖がったり、、、。」

「こんなシーン海では結構ある事なので。」

そうか、確かにこいつ自然界の生き物だったわ。

「だよな、魚とか食われるシーンは四六時中見てるか、、、。」

「まぁ、オイラ水族館育ちなんですけどね。そんなシーン見たことありましぇーん。」

「お前炙るぞ?」 


映画を一通り見終えた後、クラスケが水族館育ちと判明したので近所の水族館に電話をしてみる。

「もしもし、〇〇水族館ですか?はい、今クラゲを保護してましてお心当たりございませんか?はい、え、どんなのか?えっとですね、言葉を話せて、多分寿司が食えます。」


電話切られたー。そりゃそうだ、言葉が話せるだけでなく寿司もくえるかもしれないのだから。だが、水族館育ち(自称)のこいつが寿司を食った事あると思えないのだが。

「おいクラスケ、お前寿司食った事あるの?」

「あるよ!舐めてんの?このバカ!バカユキー!」

「バカユキっていうな。じゃあ好きな寿司ネタ言ってみろよ。」

「コハダ、アジ、イワシは必ず食べたいかな。」

「通だな。疑って悪かった。」

クラゲ、思ったよりも渋いネタを好む。


結局、こいつの正体は未だわからず。わかったのはまぁまぁウザイことだ。だが、こいつが来てからなんかほんのちょっぴり楽しいな。

「ヒデユキー。晩飯ー。」

「はいはい。」 



これは、都内某所で繰り広げられる、喋るクラゲと普通のサラリーマンのほのぼのとした物語である。



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