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【前回のお話】

(1158字・この記事を読む所要時間:約3分 ※1分あたり400字で計算)

 ある日のことだった。
 いつものようにデスクワークをしていたら、突然腹痛に襲われた。

 最初はキリキリと痛むだけだったが、やがてそれは激痛に変わった。
 我慢して作業を続けようとしても、指を小さく動かすのが精一杯だった。
 しまいにはそのままデスクに倒れ込み、ただただ激痛と格闘すること以外何も出来なくなってしまった。


 10分。

 20分。

 30分。

……

 どれぐらい時間が経っただろうか。


 しばらくして、ようやく痛みが少しずつ和らいでいくのを感じた。
 朦朧としていた意識も徐々に回復し、私はやっとの思いでうつ伏せていた頭を上げた。


 静かな事務室。

 モニターに映っている作りかけの資料。

 冷や汗でぐっしょり濡れたシャツ。

 そして、隣で顔色一つ変えずに仕事をしているHさんの姿が見えた。


 その瞬間、一種の恐怖を覚えた。


 具体的な時間は分からないが、私はかなり長いことデスクにうつ伏せていたはずだ。

 痛みで身体が震えて。
 冷や汗を流して。
 顔が真っ青になって。

 けれど、Hさんは一切声をかけなかった。
 Iさんも、Yさんも、Mさんも、社長も……

 時々私の隣を通りかかって資料を取ることがあっても、誰一人、私のことを気にかけなかった。

 極端な話、もしあのまま私が死んでも、誰も作業を止めることはないのではとでさえ思った。


 (社会人になるって、こういうことなの)


 まともに食事しなくても。
 深夜まで残業しても。
 1日も休みが取れなくても。

 社員の誰かが、倒れていたとしても。

 如何なる雑念も許さず、ひたすらノルマ、ノルマ、ノルマ。


 コーヒーの空き缶で散乱したデスク。
 いつでも会社で寝泊まり出来るよう、椅子の背もたれかかっている毛布代わりの膝掛け。

 疲れ切って光りを失った両目。
 仕事以外の全てをシャットダウンした心。


 (こんなの、狂っている)


 疑問が次々と湧いてきたが、それについて深く考える体力でさえなかった。


 取り敢えず、こんな状態では仕事が出来ない。
 Iさんに一言ことわって、今日は早退しよう……

 ふらふらと身体を起こし、ゆっくりとIさんの席へ向かった。


 「すいません、あの……」

 「何ですか」

 振り返りもせず、Iさんが素っ気なく返事をした。
 ひどくイライラしているようだ。

 「とてもお腹が痛くて……作業の途中で申し訳ございませんが、本日は体調不良でお休みをいただいてもよろしいでしょうか」

 「なるほど」

 ぎっと椅子の方向を変え、Iさんは私の目を刺さるように見てきた。

 「竹子さんは卒業したばかりだからまだ分からないと思うけど、社会人になったら、体調管理も仕事のうちに入るのよ」

 「はい……」

 「今日は特別に許すけど、こういう風に会社を休むのは社会人として失格。職務をおろそかにするということだから、今後は気を付けてね」

 言い終わると、Iさんはそのまま作業を再開した。
 無言な背中はまるで、「役立たず、早く帰れば」と言っているように見えた。

(つづく)

📚「限界まで頑張る」と「体調管理」は同時進行不可


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