#52 私は今でも、上手に蟹が食べられない
(995字・この記事を読む所要時間:約4分 ※1分あたり400字で計算)
お昼休憩に、急に上司から蟹を手渡しされた。
幸い、生きたやつではなく、既に真っ赤に蒸され調理されたやつ。
合わせて手袋も渡され、私は突如残り30分の休憩時間以内に蟹を丸々一匹平らげなければならない、実に贅沢で重大な任務を課されてしまった。
バリバリと殻をはがし、限りある肉を口の中に入れていく。
殻のトゲがビニールの手袋を突き破り、あっという間に指が蟹汁でベトベトに。
うまい。
旬の味だ。
思えばもう長いこと一人で蟹を丸々一匹食べていない。
最後にこうやって蟹を丸かじりしたのは、社会に出たばかりの頃だった。
上海で一人暮らしをしていた私に、親戚が「栄養を付けるように」と、蟹をひと箱送ってくれたのだ。
新鮮で食べ頃のやつが入っているーーそう親戚から伝えられ嬉々として蓋を開けると、なんと生きたままゴソゴソと動いている蟹が3-4匹も出てきた。
しかもうち1匹は、早速速足で脱走を試みようとしている。
慌てて蓋を閉める。
いや、新鮮過ぎるって。
当時の私は、まだ蟹を生きた状態から調理した経験が無く、しばらくは「ガサゴソ」と音がする箱を茫然と見つめる他無かった。
そして何を思ったのか、いきなりガスコンロの強火をつけ中華鍋いっぱいに水沸かし、蟹をお湯の中に乱暴に放り入れたのだ。
その後、茹で上がって真っ赤になってしまった蟹達をすくい上げてはかぶりついた。
当時は解体の仕方も良く分からなかった。
ひたすらちぎっては口に入れ、無心にしゃぶっていた。
おお、なんと残酷な。
なんと野蛮な。
後で知ったのだが、蟹は茹でて食べるものではなく、蒸すもの。
調理方法としては、まず生きたまま軽く水洗いし、泥やゴミを流す。
そしてじっくり蒸し、中まで熱が通ったら、お酢や醤油につけていただく。
茹でてしまうと、蟹肉に入っているエキスが洗い落とされてしまうので、旨味が薄くなってしまうのだそう。
冷静に考えれば、調理前にネットで調べるなり、親戚に作り方を聞くなりすれば良かったものの。
それが初めて一人で生きた蟹を目の前にする、という事態にパニックになり、取り乱してしまったのだ。
非常に残念なことをしてしまった。
当時も、今のような残暑ある秋の季節であった。
2013年の9月。あれからもう10年になる。
「あら、殻の中にまだ肉が結構残っているじゃない!もったいない!」
上司の一声で、はっと我に返る。
どうもあの頃から、蟹をきれいにいただくスキルはちっとも上達していないようだ。
📚ちょっぴり残念な、そんな思い出の味もある
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