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イギリスの最困難期と過ごした「吃音国王」

イギリスエリザベス女王の父「ジョージ6世」、国王になったのは非常に偶然でした。

1935年ジョージ5世が崩御し、即位したのは息子であるエドワード8世でした。彼はイギリス歴史上有名な天下より美女を愛する人物でした。

アメリカ人既婚者女性シンプソン夫人と結婚すると、そのため王位を弟であるジョージに譲りました。国王としてそこまでやらなければならないのかというと、当時のイギリス政府が非常に強引的に彼を禅譲させたという説が強い、何故なら彼は非常に親ナチスでしたから。

シンプソン夫人もナチス高官と関係が親しく、そもそも彼女がドイツのスパイという噂もあります。

ともかく、当時のような非常時代に、イギリス政府としては国王を他の人にしてほしかったでしょう。

ジョージ6世はいきなり新しい国王となり、先天的どもりもあり、国民の前にうまく演説すらできなかった。

即位3年目の1939年第二次世界大戦が勃発、元々ジョージ6世は王位継承の可能性がほぼないため、国王になるための教育も受けてなかった。状況が全く把握していないなかで国王となり、しかし、戦争中ちゃんと仕事を全うしました。

自分が確かに口下手ですし、滑舌も悪いですが、イギリスのシンボルとして国民の士気を高めることが仕事だということがしっかり理解しています。そのため、たとえドイツ軍の空爆がいくらあっても、ロンドンがいくら危ないだとしても必ず街の視察に出ます。

当時のドイツ軍はイギリス国民に「恐怖」というものを味わせるために、軍事施設ではなく一般市民の家まで無差別な空爆を行い、イギリスを降伏させようとしました。ロンドンが空爆を受けたあと、現場の消防隊を指揮する背の低い男、国王ジョージ6世の姿がいつも見かけたという。もし自分が空爆で犠牲となれればもっと国民の士気を高めるでしょう。

思惑通り、イギリス国民は空爆に屈することなく、むしろドイツ軍に対し徹底抗戦の意思が日々強くなっていきました。

ジョージ6世特殊な時期に国王となり、一所懸命仕事をした結果、生命も同時に消耗し、戦後まもなく崩御されてしまいました。

1952年ジョージ6世の長女エリザベスが即位、退位された元国王つまり彼女の叔父であるエドワード8世に非常に冷たい、あるいは憎んでいるかもしれません。何故なら元々は叔父の責務にもかかわらず、勝手に放棄し、王室の身分で訳の分からない女と世界中に遊びまくり、国に対する責任を父親に投げ棄て、そのため苦労を重なった自分の父親が若き亡くなったから。

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