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謹製文集

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読むにはとんでもない忍耐力が必要です。面白いかは別ですが、気になったら覗いてみてください。
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#小説

成年間鼎談

成年間鼎談

「大層なことじゃあないんだけれどさ、ここ最近、こう何かが引っかかっているような、そんな気がかりと言うか、疑問? があるんだよ」
 閑寂の店内にAが嗄声を流すのを聞いた。僕は右隣——壁にもたれかかるAを、最小限の頸部の動きと最大限の眼球の動きで流し見る。僕の嬋媛流麗な切れ短かですっきり一重の双眸を殊更に細めて、彼奴を周辺視野の中に固定した。Aは日焼けて薄黄色になった品書きをむっつりと眺め、その表と裏

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20200214 バレンタイン・喫す

20200214 バレンタイン・喫す

「メーデー! 仇敵バレンタイン・デーが日付変更線を大股開きで乗り越え、意気揚々とこの極東の大地へ足を踏み込みやがった! もうこれ以上は持ち堪えられそうにない……。誰か地球の自転を遡及させてくれ! うわぁああ——」
 男寡仁道会・太平洋湾岸前哨基地からの通信は断末魔と共に途絶える。僕は哨兵の名を叫んだ。何度彼の名を呼ぼうとも僕の鼓膜を擽るのはサーというホワイト・ノイズだけだった。
 僕は満身へと瀰漫

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20200205 冬将軍到来!

20200205 冬将軍到来!

 夜半、ニュース番組の芸能コーナーで、冬将軍が東経135度の極東へ来訪したと報道されていた。
 僕は安藤百福謹製の即席麺を馳走になるべく、調理工程に記載された分量より50ミリリットルばかし少ない水道水を鍋に容れる。そいつを火にかけながら、冬将軍が国際空港に降り立ち、観衆へとにこやかに手を振る様をぼうっと眺めていた。通りで今日は冷えた訳だと、帰宅途中にある堤防でシバリングを起こした事実に合点がいった

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20200118 初恋とカフェイン

 初恋というものを思い返すと、ぐにゅぐにゅとした不定形の感情が踊り始める。僕にとってのそれは、今も鮮明なまま脳髄ドライブに記録されていて、いつまでも僕をぐにゅぐにゅさせるのだ。
 これは今の僕が作り得る限りの謹製文である。心して読んでもらいたい。いや、やはり読まなくても大丈夫だ。無理は禁物だ。

  ○

 最後の接吻といえば煙草のフレイヴァーがしたと万葉集の頃から残されている通り、そうと相場が決

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20200103 僕と喫茶店

20200103 僕と喫茶店

 昔のメモ帳が発掘されたので供養の為に。よろしければご一読ください。

 ◯

 秋の残滓を探した。この街の何処を探しても、それらの行方は杳として知れなかった。小さい秋探しは難航を極めている。僕はいじらしくも不格好な姿勢で冬に抗っていた。運動も季節も音痴だった。しかしながら、僕は秋といった季節に微塵の執着も持ち合わせてはいなかった。ただ、これから訪れる肌を突き刺す冬を思えば、怯懦にも似た焦燥感が丹

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