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バックパッカーズ・ゲストハウス㊿「靴下とうまい棒」

前回のあらすじ:灰色のハット、茶色のジャケット、灰色のジーンズ、茶色のブーツという見事なミルフィーユコーデで釣りをした。追伸、親友の龍がホストの仕事をバックレると、私の元に色んな人から龍の行方を探る電話が掛かってきた。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2


 歌舞伎町から一人ホストが消えたのと同じ時期に、新たなホストが一人増えた。
 ゲストハウスで私の上のベッドに住んでいたヨシノブが、なにを思ったのか、
「俺ホストになったんだ」といい、スーツ姿で帰ってきた。ベニヤみたいな柄に丸っこいひらがなのフォントで名前が印字された名刺が出来あがったときには、「俺自分の名刺作ったの初めてだ」と照れくさそうにしながら、最初の一枚を私にくれた。

 ヨシノブはホストとして働きに出るようになると、毎日帰宅後に靴下をベッドの脇に脱ぎ捨てるようになった。下段の私の方が靴下に近い位置で寝ることになり、数日分溜まってきたところで匂いが気になるようになった。

 たまりかねて、コンビニの袋に彼が脱ぎ捨てた靴下をまとめ、封をしてベッドに放り投げた。ヨシノブはノンキに、
「ありがとう。集めてくれたんだ」と言った。
「洗濯しないのか」
 という私に、ヨシノブは、

「毎日新しいやつ一〇〇均で買ってるから」と答えた。

 どうやら毎日靴下を買い、毎日靴下をベッドの脇に脱ぎ捨てるつもりだったようだ。靴下をその辺に脱ぎ散らかさないように優しく伝えたが、バカにはもっとハッキリと言わないと伝わらなかったようで、その後もヨシノブは毎日靴下をベッドの脇に脱ぎ捨てた。ただ私が注意してから、どういう分けか毎日寝ている私の枕元に、彼の主食だったうまい棒を二本置くようになった。たぶん靴下が二本で一組なので、うまい棒も二本寄越したのだと思う。私は彼の捨てた靴下を片付け、彼は私にうまい棒を払う。彼が一ヶ月と少しでホストを辞めるまでその関係が続いた。

 私もイタリアレストランの給料の二回目をもらった段階で仕事を辞めた。二回目の給料は支給された交通費と、一食二百円の賄い代を足し引きして、二十万ちょうどだった。それまで心配した彼女が手紙と一緒に一万円を送ってくれたり、「アンタの分の定額給付金私が受け取っておくから、その分振り込んでおく」と、金のことではあまり当てに出来ないと思っていた母親が、何のために配るのか良く分からないが、国が国民全員にくれると言いだした金を、先に立替えて送ってくれたりして、それを細々とやりくりしながら生活していた私は、二十万の金が入ってくると、元々嫌だった仕事に行くのが、更に嫌になった。

 そんな時に、旅立つ前に立ち飲み屋で働いていた時の先輩と電話で話し、
「嫌ならやらなかったらいいやん。せっかく旅人なんていう自由なことやってるんだから」と言われた事が決め手になって、そのまま辞めてしまった。

 給料が入ると、まず最初に龍に連絡した。「借りていた金を返せる」という言葉に、「分かった。明日取りに行く」と言ったのを聞いて、金に困っているんだなと察した。

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