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バックパッカーズ・ゲストハウス(59)「大量発生する坊主」

前回のあらすじ:その辺をぶらぶらほっつき歩くだけの生活にも飽き、上野動物園での求人を見つけ、バイトの面接へ行った。動物園ではオスのゴリラがメスゴリラに怒られていた。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2

 上野動物園の面接に落ちて、その後に受けた渋谷の手作りアクセサリー工房の面接も続けて落ちた。用がないのであまり行くことがなかったが渋谷では小洒落た文房具屋を見つけて、そこで彼女との文通用に新たにレターセットとポストカードを購入した。それと、むかし電波少年に出ていた、「なすび」を見かけた。なすびはマスクをしていたが、マスクの下から顎が余裕ではみ出ていた。

 新しいバイトがなかなか決まらない割に私はあまり焦っていなかった。当時自分のブログ経由でドロップシッピング方式で販売していた、オリジナルキャラクターのシャツなんかを奇特な人間が支援も兼ねて沢山買ってくれた。それと、少し前に興味半分で千葉まで、「皐月賞」を見に行っていた。その時にメインレースは外したが、それ以外のレースで少しプラスが出ていた。つつましやかな生活を心がければ、残りの東京生活をなんとか送れそうだった。


 ある日、どこかをほっつき歩いて帰ると、ゲストハウスに坊主が大量に発生していた。沖縄のヨシノブ、IT関係で働いているオタクの吉野、元ホームレスの久米、そして塚田が野球部員並の短さで頭を丸めていた。
 一体どういうことなのか聞くと、
「いやー、太郎君もどうだい。悪くないよ」と的を得ない返事をした塚田に変わって、吉野が、坊主の女中尾が自前のバリカンでみんなの分も刈ってくれたと説明した。変なヤツが増えてから、中尾はそいつらの代表格になりつつあった。

 中尾とヨンとチヨが、ある日ゲストハウス前の路上で、寝袋に包まり寝ていたことがある。目の前の建物の中にベッドがあるのに、なんでそんなことをするのかいちいち不思議にも思わなかった。どうせ理由なんかない。ただそういうことをしてみたいだけなんだろうと思った。

 金も社会適正も無いなりに、楽しそうにしているのはいいが、この頃から少しずつ、ゲストハウス内に不穏な空気が流れていた。
 理由は中尾やヨシノブみたいなマイペースで人と距離を開けず関わりたがる連中と、バイトと学業で忙しいニキや、大人な中谷みたいな、常識的な距離を保った団体生活を送りたい人間の間で、少しずつズレが生じて来ていた。

 安さと引き替えにこんな場所で暮らすのだから。静かで快適な環境を求めるのはもとより贅沢な話だという考えがあり、共有部分で遅くまで話をしたりすることはみんな我慢していたが、ちょっとした我慢も積もればイライラとした気持ちが鬱積していくもので、温厚な中谷が、夜中に喫煙スペースから聞こえてくる大声に、舌打ちし、「ガキが」とつぶやくのを私は隣で聞いた。

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