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バックパッカーズ・ゲストハウス(70)最終話「おやすみ東京」

前回のあらすじ:早朝にゲストハウスを出た。秋葉原に四ヶ月住んだもののメイドとのロマンスはなかったが、好青年の恭平から「いってらっしゃいませ、ご主人様」というメールは来た。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2


 新宿では龍と待ち合わせていた。事前にこの日発つことを伝えた時に、彼は、「最後に見送りに行く」と言った。

 西口に出て辺りを見回したが、彼の姿はなかった。離れた場所に座る、ホストのような人影を見つけて、もしかしたら彼かもと思い近づいた。
 しつこい元同僚達からの連絡や、金銭的なことから、結局ホストに戻ったんじゃないだろうな。そんなことを思ったが、遠くからだと、龍かも知れないと思った人影は、近づくとまったくの別人だった。

 元の場所に戻ると、作業着姿の龍が居た。それを見て、なぜだかホッとした。
 二人でモーニングを食いながら、彼はうどんの話をしだした。

「東京はソバ文化だから、うどん屋が少ない。あっても讃岐うどんのチェーンか、やる気のない関西風うどんの店でうまい店がない」と言いながら、愛媛にあるうどん屋の名前を何件か挙げた。そして、

「こっちにそういう店があれば流行ると思う」と、うどん屋をやる計画を語った。
「小さい商売をするつもりはない」と、「まる龍」うどんの展開と、彼らしいサービス精神に富んだ発想を説明してくれた。

「やるときは誘うから、太郎もうどん屋ビジネスについて考えといてくれ」と言われた。


「仕事の時間がある」という龍をなぜか私が駅で見送って、ひとりでバス乗り場へ向った。

 バスでは私の斜め前方の席に、おそろしく太った女が乗っていた。女は前の座席の背中に付いたテーブルをおろし、朝飯を食いだした。
 その内に他の乗客が乗ってきて、太った女の前に座った。乗ってきたヤツがリクライニングを倒すと、太った女はおろしたテーブルで腹を挟まれ、「イテテてて」と声を上げた。私も、リクライニングを倒したヤツも、太った女もビックリした。そんなことが起こるとは誰も予測出来ないだろう。
 バスは空いていたので、太った女は運転手に頼み、後ろの方の席へ移って行った。

 寝る前に、面白いものが見られたと思った。前日遅くまで酒を飲んでいて良かった。この分なら、大阪までシッカリ寝られそうだった。


 大阪で、愛媛行きのバスのチケットを買おうとして、まだ終わりたくない衝動に駆られた。これで本当に旅が終わると思うと、急に寂しくなった。
 愛媛で待つ彼女でも、大阪に住む岡田さんでもなく、龍でも、ゲストハウスの連中でもない。私は池田のことを思い出して、彼に電話した。

 仕事中かと思ったが、上手い具合に繋がると、志摩磯部という彼の住所を聞き出した。そして、バスのチケットを買う代わりに、JRと近鉄を乗り継いで三重へ向った。

〈了〉



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