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バックパッカーズ・ゲストハウス(52)「ホームレスと紙一重」

前回のあらすじ:借りてた金をちゃんと返した私に友人の龍は、「牛丼屋では紅ショウガで腹を膨らせる」「のぼりを毛布代わりに使う」「切符をわざとなくす」などのサバイバル術を語った。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2

 ブラブラと街を冷やかしながら歩いて、上野公園で龍は立ち小便しながら、
「人生って難しいな」と言った。そして、ホームレスを指しながら、
「太郎も紙一重やで」と嬉しそうに笑った。

 別れ際に、岩手に住むババアが、少し前に店のホームページを見てメールを送ってきたと龍は話した。店を飛ぶ前から、メールのやり取りは交わしていて、余命がいくらもないこと、遺産を残すような相手がいないことを語り、龍が適切な人物なら、三千万の金を譲りたいと言っているらしい。

「たぶんイタズラやと思うけど、もし三千万貰えることになったら、ボディーガード代わりに岩手まで着いてきてや」と彼は言った。
 やせっぽっちの私が一体なにからガード出来るのか分からないが、「分かった」と答えた。

 しかし、やはりイタズラだったのか、相手を、「岩手のババア」と呼ぶ龍は適切な人物でないことが見抜かれたのか、それ以降岩手に誘われることはなかった。


 私は学がないくせに本が好きだった。それが高じて、三年前、二四の時にパソコンとプリンターと結束バンドを使って、本を手作りしたことがある。それを相手を見て金額を決めて売りつけるというのをおこなっていたのだが、ある日龍に、
「俺の友達が本を作ってるって話したら、欲しいっていう人間が結構いるから、今度東京来るときにいっぱい持ってこいよ」と言われた。

 それで二〇冊ほど印刷して持っていき、龍に預けた。次に東京へ行くまでの間に、龍はそれを千円から五千円の間で全部売り払ってくれた。その本の奥付にコピーライトやら勝手に名乗った出版社の名前やら、もっともらしいことをいっぱい書いていて、その中にメールアドレスも記載していた。龍の客の中に一人、そのアドレスをみて感想を送ってきてくれた人がいる。
 私はアドレスに生年月日を入れていたので、その女はそれで推測して誕生日や、正月なんかにもメールをくれた。

 龍が失踪すると、店の人間と、元同居人の女以外で唯一、この、本を買ってくれた龍の客が連絡してきた。
 それを龍に伝えると、他の人間と同じように対応してくれというので、私は、「知らない」とすっとぼけた。それでも、私と連絡が取れるだけで、
「まだ龍と繋がっている気になれる」と彼女は言った。確かに仲は良いが、どういう分けか東京に出てきてからの龍しか知らない人間達は、私は龍の片割れだとでも思っているようだった。

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