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バックパッカーズ・ゲストハウス⑮「全財産」

 これまでのあらすじ:新米風来坊である私は、見事テッシュ配りのバイトの面接予定を取り付ける。次いでその日の宿泊先であるネットカフェで拠点探しに取り掛かった。前回までのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2

 マンスリーやウィークリーで借りられるマンションは家具、家電が付いていたり、光熱費が掛からなかったりと利点はあるが、普通の賃貸物件より割高だった。東京の家賃の高さは田舎者からしてみれば正気とは思えなかった。

 二年ぐらい前から、テレビではネットカフェに住む人を扱うドキュメンタリーを見かけることが多くなっていた。しかしネットカフェもシャワー利用料が別だったり、コインランドリーやコインロッカーを利用することを考えると、トータルでみると大して安いとは思えなかった。そもそもネットカフェ難民になりに東京へ来たわけではなかった。

 龍が家出していなければ、あてにして、もう少し悠長に構えていただろうが、今はさっさと住む場所を決めておきたかった。
 すでに日付を跨いで前日の出来事になっていたが、朝、ホストクラブで太ったホスト相手に無駄話をしていた時に、ゲストハウスの存在を教えてくれたことを思い出した。太ったホストはイー・モバイルのデータ通信用端末を契約した時に、抱き合わせで、数百円の頭金で買った小さなノートパソコンを使って、その場でゲストハウスを検索してくれた。
 その時は色々と転がる会話のひとつとして適当に済ませたが、とりあえず持ち金で借りられて屋根があるところが必要ということをようやく真剣に考え出した今は、一見してみる必要があると思った。

「ゲストハウス 東京」みたいな簡単に思いつくワードで検索すると、多分広告力のある会社がやっているであろう、海外ドラマみたいな生活が出来そうなオシャレな物件ばかりが出てきた。共有部分にビリヤード台は要らないから、安い物件をよこせと思いながら、「ドヤ」とか「ホームレス」とかそんな言葉を色々試して検索を繰り返した。

 池袋に押し入れの下段を月二万円で貸しに出している物件を見つけた。一戸建てで、たぶん敷地面積は大分狭いのだろう、間取りは、一階に台所と風呂場、トイレがあって、二階に和室が一部屋あるだけだった。そこへ三人住ませようという魂胆らしく、うろ覚えだが押し入れの下段が二万で即入居可、上の段が二万五〇〇〇円で、二週間後から入居できると書いていた。押し入れ以外のまともな部屋の部分は三万五〇〇〇か四万だったが、空く予定はないみたいだった。

 押し入れをゲストハウスとして貸し出すヤツもヤバいが借りるヤツがいることもヤバいと思った。「ろくでなしBLUES」でも一番ヤバいキャラが池袋をホームタウンにしていたことを思い出し、池袋に居るヤツは大体ヤバいという概念が私の中で産まれた。
 光熱費が別途一万円請求されると書いていたが、それでも池袋の押し入れ下段が最安だろうと思った。ただ見ず知らずの人間とこの空間で三人暮らしはキツいと思った。三人という構成は仲が悪くなりやすくて、宇宙飛行士なんかは三人組にならないように編成すると聞いたことがある。ヤバいやつら相手に、もっとも格下の押し入れ下段で、三人暮らしを想像するとゲロを吐きそうだった。

 田舎に住んでいた時は馴染みがなかったが、東京にはゲストハウス、ドミトリー、シェアハウス、なんて呼ばれるものが山ほどあった。かなりの数のホームページをチェックして、最後に見たのが、前記した、「秋葉原バックパッカーズ・ゲストハウス」だった。どこへ行っても、絶対にヤバい奴が居ると思ったが、少人数の中に一人ヤバい奴が居るよりも、大勢の中に何人か居る方がヤバ味が薄まりそうだったので、バックパッカーズ・ゲストハウスは他と比べて大人数が住めるところがよかった。それに、金額が全て込みで一律三万五〇〇〇円と分かりやすく、池袋の押し入れに次いで安かった。都内のゲストハウスの相場の半額ぐらいだった。

 この時になって私は、ようやく封筒の中身を把握する必要を感じた。サーバーにホットコーヒーのおかわりを入れにいき、一服してから、封筒をあけた。思っていたよりも少なくて、一万円札が二枚だけ入っていた。それに、財布の中にあるお金を合わせて、二万七千円が私の全財産だった。こんだけ調べたが、そもそも秋葉原も池袋もどちらも借りることが出来なかった。

 改めて、己の経済観念に驚愕したが、無いものはしょうがないので、とりあえず働いて日払いしてもらった金を貯めて、ゲストハウスを借りようと思った。それまではネットカフェに泊まることにした。性格なんてものは一長一短で、計画性が無い代わりに、楽観的に状況を受け入れた。

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