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バックパッカーズ・ゲストハウス(62)「洗濯物を干す男とカレーを売る男」

前回のあらすじ:同じゲストハウスに住むインドネシア人「ニキ」に誘われて別のゲストハウスへ遊びに行った。ゲストハウスに住み、ゲストハウスへ遊びに行く。ゲストハウスを愛し、ゲストハウスに愛されし男達のロマンスが展開された。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2

 恭平は、コミュニケーション能力があり、大人で、ゲストハウスに入居してそんなに日が経っていないのに、気づけば緩衝材の役割になっていた。中谷が忌々しげに、「ガキが」とつぶやいた連中からは、良いお兄さんのように慕われていて、ニキや中谷からは常識のある人と思われ、気むずかしい高田とも上手くやっていた。
 人が増え、チグハグな感じがし、何となく雰囲気が悪くなりだしたゲストハウスの中で、重要な存在に見えた。
 晴れた日に彼が、洗濯物を背負い、五階のベランダから、更に梯子を使い屋上へ上がってく姿は爽やかだった。


 一杯二九〇円とかで食えるカレー屋が電気街にあり、そこはカツカレーにグレードアップしても四〇〇円を切っていた。ある日、晩飯をそこで食おうとゲストハウスを出ると、ずっと空き店舗になっていた一階のシャッターがあがっていた。通りざま覗くと、中に居たニキと目が合った。ニキは笑いながら出てきて、

「太郎さんどこ行くの」と声を掛けてきた。
「飯を食いに行くところだ」と答えると、彼は、
「カレーならここでも食べれるよ」と言った。思わず、
「開いているのか?」と聞くと、彼は、
「昨日から営業している」と答えた。

 昨日も通ったはずだが、私はまったく気がつかなかった。
 店舗は、なかなか借り手がつかないことに痺れを切らしたビギンが自分で営業することにして、真面目なニキに目をつけた。ニキは空いた時間にこの店を手伝うことにしたそうだが、忙しい彼に仕事を増やす余裕があるとは思えなかった。

「大丈夫、太郎さん。お店暇なとき勉強する。時給もらいながら勉強出来るのいいね」と彼は前向きだった。
 カレーが食えるなら、ちょうどいいやと、その日は一階の店舗で食べることにした。

「大盛りも値段は一緒」とニキが進めてくるので、私は食が細い方だが折角なので言われるまま大盛りにした。オーダーを待っている間にニキは、なぜか声をひそめて、
「今ならオープン記念でビール一杯サービスだ」と教えてくれた。
 私は食べながら飲むことはあまりしなかったが、これも折角なので貰った。

「客は他にも来たのか?」とぶしつけな質問をすると、
「お昼にサラリーマンが二人来た」とニキは答えた。
 こんな開いてるかどうかも分からない、大通りから外れた店に二人も先客が居たことに驚いた。

 ランチタイムと夕飯時だけ、一日数時間しか開いていない店で、東京を離れるまで流行っているのを見ることはなかった。この店は流行らない方が良かった。ニキが時給を貰いながら勉強出来る時間が増えるから。
 ニキは鍵を預けてもらい、営業時間外でも店舗の中で勉強してもいいらしく、その後は夜中や早朝に騒がしいゲストハウス内やベランダではなく、店舗で勉強する姿をよく見かけた。

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