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エロスの魅惑

YOASOBI様の『夜に駆ける』の原作小説、

「タナトスの誘惑」(https://monogatary.com/episode/33827)

「夜に溶ける」(https://monogatary.com/episode/43142)

の二次創作です。





「あ!」

 素っ頓狂な声で叫んだ僕にクラス中の視線が集まった。漫画やアニメではお馴染みのシーンだけど、いざじろじろ見られる立場になると、なんとまあ居心地の悪いものだ。

「……すみません。なんでもないです」

 その言葉を聞くと、学校一つまらない授業をすることで有名な日本史教師は、何事もなかったかのように教科書の音読を再開した。普段は日本史を睡眠時間に充てている僕も、この時ばかりは感謝の意を込めてずっと起きていた。いやまあ、あんなことを思い出した後で寝れるはずもないのだが。


「おい、高槻、なんだってあんな間抜けな声を授業中に出したんだよ?」

 授業後、友人Aこと後藤が早速、絡んできた。

「……なんてことない。寝ている時にクマに襲われる夢を見ただけだよ」
「そりゃあ珍しいこともあるもんだな。どれだけ深い眠りに落ちていても、教師に指された瞬間何事もなかったかのように質問に答える程度には仮眠スキルに定評のあるお前らしくもない」
「そういうこともあるんだよ。一年に一回……いや、一生に一回程度は」
「一生とは、これまた大きく出たもんだ」
「本当にそうだからな、それ以外に言いようがない」
「まあいいや。珍しいことだからてっきり話題になるかと思ったけど、案外みんな興味がないみたいだし……十六夜さんを除いてな。現に、今でもお前のことじっと見ている」

そう言うと後藤は、左斜め前の席からじっと僕を見つめる、十六夜カエデに目を見やった。

「……それはいつものことだろう」
「……むしろそのことの方が怖いんだがな。唯の幼馴染だったら、休み時間にお前のことを十手見つめていないと思うぞ。唯の、幼馴染ならな」
「おい、後藤。いま自分の立ち位置分かっているか?」
「ウザい絡みをしてくる友人1な」

 はいはいと言いながら後藤は僕の肩に手をやると、そのまま他の友達連中の話の輪に加わりにいった。なんだかいって、空気の読める奴ではある。僕はカエデに声をかけた。

「カエデ。今日の放課後時間あるか?」
「前世の事?」
「……」

 こんな風に、カエデはいつも単刀直入に話を切り出す。いつもはそれを有難く感じてはいるが、さずがに少しは状況を鑑みてほしい。

「……とりあえず、僕の家に来てくれ」
「ん、分かった」

 すると再びカエデは僕のことをじっと見つめ始めた。彼女の名誉のために言っておくが、カエデは決して僕に対する興味100%の人間じゃない。休み時間は他の友達と話したり、読書をしていたりすることも当然ある。僕のことを見たり、話しかけたりしてくることもあるけど、何も毎日そういう訳じゃない。尤も、今日は期待できそうにないのだが。



 放課後、僕はカエデと一緒に自分の部屋にいた。いろいろなことを話したいのだが、どの話題から口にすればいいのか迷う。

「ノゾミはどこまで思い出したの?」
 学校にいる時と同じトーンでカエデは聞いてきた。そっちがその姿勢を崩さないのなら、変に探りを入れる必要もないだろう。

「全部。カエデは?」
「わたしも」
「マジか。しかし、いったいなんでこんな突然……」
「暑いからじゃないの?」
 そんな訳、と言いかけて僕は口をつぐんだ。案外そうかもしれない。前世がある時点で、物事に合理性を求めるのが間違っているのだ。前世を思い出す理由に、マトモなものを期待する方が馬鹿げている。

「……取り敢えず、僕が思い出した記憶を今から言うぞ。多分カエデと同じだと思うけど、確認の意味もあるからな。まず、前世で僕たちは恋人だった。恋人になったきっかけは、数日前に僕のマンションに引っ越してきたカエデが、マンションの屋上で自殺しようとしているのを僕が止めたこと。その後僕たちはそれなりに恋人らしいことをしながら日々を過ごしていたけれど、カエデが何度目かの自殺を試みた時、僕はそれを止めることが出来ず、それどころか一緒に屋上から飛び降りた。……そんな感じだよ」
「私も同じような感じだけど、ちょっと違うかな」
「違うって?」
「うん。まずね、私は実在する人間じゃなかったの。私はあなたの希死念慮が生み出した幻の存在だったの。あなた以外に私のことを見えた人はいなかったよ」
 信じられなかった。ただ、カエデがこんな時に嘘を言う訳ないことは分かっていた。
「……続けて」
「私はあなたの幻想だったけれど、意思や感情がなかった訳じゃないの。前世でもあなたのことを愛していた。けれど私があなたに愛を伝えるには、あなたを死の淵に追いやるしかなかったの。あなたを殺すことが、私があなたを愛する唯一の手段だった。ひどい話だよね。そんな私の願望が成就して、あなたは死んでしまって、わたしも一緒に消えてしまった。そして、どういう運命の巡り合わせかは分からないけれど、今再びこうしてあなたの目の前にいる」
「……大体の事情は分かったよ。色々聞きたいけど、まずこれだけは教えてくれ。今でも死にたいと思う?僕のことを殺したいと思う?」
「ううん。でも、もうノゾミとは関わらない方がいいとは思っている」
「前世で僕のことを殺したから?」
「うん」
「けどカエデは今まで、いつも僕のことを好きだって言ってくれていたよね?周りは皆からかっていたし、僕はいつも答えをはぐらかしていたけど、そんなことを気にせずにさ。前世のことを思いだして、僕のことを嫌いになった?」
「そんなことない。むしろ、昔あなたを愛していたことを思い出したからかな。今までよりももっとノゾミのことをが好きになっている」
「それじゃあ、何も問題ないよ。二人でずっと一緒にいよう」
「出来ないよ!だって私、最低な人間だよ。人のことを殺しておいて、それだけで許させれないのに、あろうことか殺した人のことをまだ愛している。私、死神だよ?あなたと一緒にいていいはずがない」
「違う。カエデは死神じゃない。人間だよ。そもそも、前世の事にしても、僕が心のどこかで『消えたい』って思っていなければ、君が死神になることもなかった。君が僕を殺したのは、君の罪じゃない。僕たちが二人で選択した結果なんだ。前世のことは取り戻せないけれど、これからのことは自分たちで決められるよ」
「……けど、私、あなたに愛してもらう自信がない。あなたのことを愛すれば愛するほど、自分のことを許せなくなるの」
「……分かったよ。じゃあ、一緒にきて」
 そう言って僕はカエデの手を取って、家を飛び出した。



 僕たちはマンションの屋上にいた。もちろん、僕たちが二人で身を投げたあのマンションだ。記憶を頼りにやってきたけれど、僕たちが到着したときには既に陽は落ちて、夜空には星々が広がっている。

「カエデ、ここで空を見ながら話そう」
 そういって僕たちは、二人で手をつないだまま制服姿で屋上に横になって並んだ。
「……綺麗」
「うん。けれど僕にはカエデの方が綺麗に見える」
「……そんなありきたりなセリフ言う?」
「ありきたりな幸せを前世では掴めなかったからね。今度はもう後悔をしたくないから、自分の気持ちは正直に伝えるよ。カエデ、僕は君のことを愛している。今までもずっと好きだったけれど、昔のことを思い出してから、もっと君のことが好きになった。昔のことを思い出しても僕のことを愛してくれる君のことが、たまらなく好きなんだ」
「……わたしもあなたが好き。愛している」
「カエデ。ここは僕たちにとって宿命的な場所だ。だから、何度でも伝えたいし、分かってほしいんだ。僕がカエデのことを愛しているってね。けど、同時にこうも思うんだ。仮にだよ、万が一、君が依然と同じように僕を死に誘惑しても、僕は絶対に死なない。君が死のうとしたって、僕を殺そうとしたって、二人で生きる道を探してあがき続ける。そしてね、これもあくまで仮定の話だけど、君が病気や事故でこの世からいなくなったとしても、僕は一緒に死のうとはしないよ。君のことを愛し続けるけどね。だって、君は僕に生きることの素晴らしさを、愛する人を持ちながら生きていくことの素晴らしさを教えてくれたから。その思いを無視して僕まで死んでしまったら、君に対する何よりの裏切りになるから」

 カエデは何も言わなかったけれど、彼女の手を握りしめるだけで気持ちは分かった。僕たちが二人仲良く空に浮かぶ星々になるのは、まだまだ先のことだ。

「カエデ。好きだよ。愛してる」
「私も、ノゾミのことを愛している」

 そうして、僕たちは唇を重ねた。
 家に帰った僕たちは、このあと滅茶苦茶イチャイチャした。

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