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【詩】拍手

卒業生は、ひとりひとり名前を呼ばれ

アイザワショウゴくん
はい!
エンドウアキラくん
はい!

返事をし、校長の前へ進み出て

コバヤシユウスケくん
はい!
スズキリョウタくん
はい!

証書を受け取る

タチカワエイイチくん
はい!
テシママサタカくん
はい!

教師席も保護者席も、しんと静まりかえり

ナカジマヒデトくん
はい!
ニシジマアキフミくん
はい!

体育館にはただ

ノムラケイイチロウくん
はい!
フジタアツシくん
はい!

名前を呼ぶ声と、返事だけが響き渡る

イケザワナツミさん
はい!
オガタアヤコさん
はい!

ひとりひとりの応答と歩みと授与に拍手はなく

キクチユミさん
はい!
クラタトモカさん
はい!

式は厳かに進んでゆく

桜井弓月さん
はい!

順番通りに名前を呼ばれたわたしは
なるべく力強く返事をし
なるべく背筋を伸ばす

すでに証書を受け取り終えた級友が
わたしの車椅子を押して
校長の前まで連れて行く

わたしが卒業証書を受け取ったとき
静寂は破られた

教師席からか、保護者席からか、拍手が起きた
わたしより前に呼ばれた卒業生の、誰一人にも贈られなかった拍手が

人は、前後左右の人間がしていることを
特に何も考えず模倣してしまう生き物だから
拍手は、瞬時に大きなうねりとなって
わたしに襲いかかった

卒業生の中で、ただ一人の障害者

体育館にいる大勢の大人たちが
わたしに対してだけ拍手する理由は
それしかない

拍手は、人を受け入れるものだと思っていたが
拍手は、人を追いやるものでもあると知った
拍手は、己が異端、よそ者、異邦人であることを突きつけ、思い知らせる
それも、完全なる善意によって

字を書くトドと何が違うのだろう
人間が字を書くなら、わざわざ見るほどのことではないが
トドが筆を咥えて字を書くなら、拍手に値する

健常の生徒のための普通中学校で
あなたのような、ハンディのある子が卒業するのは素晴らしいことです
だから、あなたにだけ拍手を贈りましょう

級友に車椅子を押されて席へ戻る間も
拍手は鳴り止まず
けれど、もう
わたしと彼らの間に透明の壁がそびえていると分かったので
拍手はどこか遠くの世界のことだった

わたしは顔を上げながら、愕然としてうなだれ
拍手する大人たちを、問うように睨め付けることもできなかった

義務教育が終わる日
わたしは、拍手によって遠くへ弾き飛ばされていた
世の中の本性を知るには、ふさわしい日だったろう

シマモトリエさん
はい!
タキガワヤヨイさん
はい!

大人たちは再び静まりかえり
体育館は、再び静寂と厳粛さに包まれる

ナルセユウコさん
はい!
フクモトミホさん
はい!

卒業生の、最後の一人まで
もう二度と拍手は起きなかった
 



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