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癌もしくは心気症

あるものをあるべきように使っていないと戸惑うのだ。細胞たちが。出産経験の無い女性の方が女性特有の癌になりやすいらしい。

乳癌検診の予約をした。我が家は癌家系で子供の頃から遠巻きに癌を見つめてきて、年齢にしてはわりに早い癌対策意識高い系かもしれない。叔母が私くらいの年齢で乳癌を発症したので、ここ数年は年に一度受診することを課している。秋から年末を目安にしていたのに、今回は愛犬を亡くし、家族の悩みも尽きず、仕事も失ったままで、生きてゆく指針が見当たらなくて「どうにでもなれ」じみた気持ちで先延ばしにしていたのだった。

片方の胸の外側、脇の下あたりが痛い。数本の指先でぎゅっと押すと筋肉痛のようにほのかな鈍痛。着替えの際に違和感を覚えて2、3ヶ月。反対側は何ともないのでやはりおかしいのかもしれない。

「かもしれない」と思うとにわかに死の島が見えてきて、ゆうらゆうら揺らぐ。祖父の骨と皮と紫色のお骨が目に浮かんで、どれほど体中が痛いだろうとぞっとする。櫂の音に応じて喉元が詰まってゆくような感覚になって「あ、この脳味噌から解放されるのか」と気付くと、ふっと強張った体が解けて、ぴたりと島が揺らぐのをやめた。

どこか凪の底で心気症を祈っている。これもまた癌である。

生きる糧