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ノトコレブック My Curations🍊

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「文学フリマ東京」(2023年5月21日開催)にて出品の『noter Collection Book(ノトコレブック)』のうち、私がお迎えした作品を収録させていただきました。
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記事一覧

最初で最後のポートレート【ノトコレ応募】

『遺影の写真を、撮ってほしいの。』  突如入った母からの連絡に、しばらく連絡を取っていなかったバツの悪さと共に、淡々と書かれた一文に心が冷え切るような感覚がした。  母が遺影の撮影を依頼したのは、きっと私がフォトグラファーだからだろう。全国どこでも、依頼があれば駆けつけるライフスタイルから、実家に顔を出すのはおろか、連絡すらおざなりになっていた矢先のことだ。  3年前、父が亡くなった。その葬式以来、実家に足が向かなくなっていたのは事実だった。  父の容態が良くないと聞

端っこに灯るあかり【ノトコレ応募版】

 私は二十一の時、前のめりで片思いをしていた。朝起きてから眠るまで、ずーっと好きな人のことを考えては悶々としていた。  最近、なぜか思い出す。その好きな人のことではなくて、好きな人の親友のことを。   その日は、炉端焼き屋の片隅で、シシャモを一心に焼いていた。お腹の弾力を箸の先っぽで心ゆくまで確認しながらも、頭の中では好きな人のことでいっぱいだった。今後、好きな人のことはミヤモトと呼ぶ。 「おう。待たせたね」  そう言いながらドシンと横に座ったのは、セナ君だった。ミヤモト

パーフェクトレモン 《ミムコさんノトコレ応募 フィクション作品》

「お、塩レモン」  冷蔵庫に顔を突っ込んだ夫が嬉しそうに言う。 「国産レモン売ってたからね」  ふふんと誇らしげに答えると 「パーフェクトレモン」  夫が、塩レモンのガラス容器を持ち上げて言った。 「あのね、レモンって完璧なのよ」  力強くそう言われてもピンと来ない。 「じゃあ聞くけど、レモンでホラーとか考えられる? 爽やかでしかないでしょう?」  いやいや爽やかなんてたくさんありますよ、おろしたてのスニーカーとか、ラムネとか。  そういう反論を、一切受け付けないのがモナミ

旅行先の一杯【短編小説】

 天井近くまで張られた巨大なガラスの窓辺には、二人がけのソファーとテーブルが均等に並んでいた。昼間は賑わっている場所も、早朝の五時五十分という時間に、人の気配は一切感じられない。  有名な老舗旅館のロビーは、華美すぎない調度品が設置されていて、穏やかに過ごせる空間が演出されている。知る人が見ればわかるであろう豪華な品も、深みを増した木造の旅館にとてもよく馴染んでいる。  歴史の重厚感を肌で浴びながら、私は座る面が冷えたソファーに腰を下ろした。手には携帯電話と小銭入れ、それに温

夕色純喫茶

 鏡に映る窓の水滴が濁って見えます。これは死に化粧だなと彼女は苦笑いをして洗面台から離れました。思えば今の会社に入った日も雨だった気がします。ずっとやりたいと願っていたはずの仕事が一日ごとに色あせて、いつしか彼女の朝は光の届かない暗い水の底から始まるようになりました。息継ぎさえままならない日々。夕焼けを恋しく思いました。彼女のオフィスは地下で、夕日も届かなかったから。  学生の頃は毎日のように通った近所にある純喫茶からも足が遠のいていました。今日こそは行こう。彼女はビニール傘

僕と天使の物語

 白だ。どこもかしこも白だ。  見渡す限りどこまでも白が広がるこの空間には影すらもなく、壁と天井の区別もつかない。当然足元も真っ白で、僕が寝かされていたベッドはまるで宙に浮かんでいるようかのようだ。立ち上がったら落ちるのではと不安になってベッドから足だけをそろりと下ろしてみると、素足の爪先はすぐに固い感触とぶつかった。どうやら落ちる心配はないらしい。ゆっくりと立ち上がって、さてこれからどうするかと考えた始めたときだった。 「お目覚めですか」  背後からの声に振り返ると、確かに

小町日記「ねことおむすび」ノトコレ版

ミムコさんのノトコレブック申し込み用に 以前書いた小さなお話を少し改稿しました。 主人公、小町(こまち)さんの 日記のような物語集の中のひとつのお話、という イメージにしました。 これから、また小町さんのお話を 増やして行けたらいいなあなんて思っています。 🍙 小町日記「ねことおむすび」 登場人物  小町(こまち) 19歳 大学一年生  ママ      小町の母親  オセロ     のら猫  初恋はジブリ映画「猫の恩返し」のバロンだった。生まれて初めて「かっこいい

フルーツサンドは、おやつですか【ノトコレ応募用短編小説】

「翔ちゃん、別れよう」  ひとつ年上の彼女、莉子に突然別れを告げられたのは、文化祭の最終日。莉子にとっては、高校最後の文化祭だった。 「え、なんて言った?」 「だから、別れようって言ったの。今までありがと」  莉子の言葉の意味が理解できない。いや、言葉の意味は分かっている。だが、頭がうまく言葉を処理してくれない。 「なに、嫌なの?」  口をあんぐりと開けたきりの俺を、莉子は横目で睨みつける。 「そりゃ、嫌だ……」と言いかけたけが、「いや、わかった」と言って本心を飲み込んだ。

『オールド・クロック・カフェ』一杯め「ピンクの空」【ノトコレ版】

 その店は東大路から八坂の塔へと続く坂道を右に折れた細い路地にある。板塀の足元は竹矢来で覆われ、木戸の向こうに猫の額ほどの庭があり山吹が軒先で揺れる。門の前に木製の椅子が置かれメニューを書いた黒板が立て掛けられていなければ、カフェと気づく人はいないだろう。  そのメニューが変わっていて、こんなふうに書かれている。   六時二五分のコーヒー………五〇〇円   七時三六分のカフェオレ……五五〇円   一〇時一七分の紅茶……………五〇〇円   一四時四八分のココア…………五〇〇