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端っこに灯るあかり【ノトコレ応募版】

 私は二十一の時、前のめりで片思いをしていた。朝起きてから眠るまで、ずーっと好きな人のことを考えては悶々としていた。
 最近、なぜか思い出す。その好きな人のことではなくて、好きな人の親友のことを。 

 その日は、炉端焼き屋の片隅で、シシャモを一心に焼いていた。お腹の弾力を箸の先っぽで心ゆくまで確認しながらも、頭の中では好きな人のことでいっぱいだった。今後、好きな人のことはミヤモトと呼ぶ。

「おう。待たせたね」
 そう言いながらドシンと横に座ったのは、セナ君だった。ミヤモトのことを知りたくてしょうがない私は、ミヤモトのツレであるセナ君を呼び出していた。
「ねぇセナ君、ミヤモトはガンズ聴くかなぁ?」
「セナ君、ミヤモトはお酒何が好き?」
「ミヤモトが私について何て言ってるか、セナ君に聞いてもいい?」
「到着早々に、それですか。慌てない慌てない」
 セナ君は鷹揚にひらひらと手を振った。私が先に頼んでいた枝豆を口に入れてゆっくりと噛み締め、
「丹波産は美味いね」
 と微笑んだ。それから質問の一つ一つに
「ガンズねぇ、自分で話しかけて聞きな!」
「ミヤモトを飲みに誘ってみたらすぐ分かるよ」
「俺とミヤモトが話していることは、教えられないな」
 と、大真面目かつ丁寧にかえしてくれた。
 ミヤモトとの恋愛がうまくいく兆しがなさすぎて、途方にくれていたので、「恋の手がかり」というサンプルが欲しかった私は、セナ君が頼りだった。セナ君はミヤモトのバンドのボーカルだった。そして、大学では私と同じクラスだった。セナ君は、哲学に造詣が深い人で、ズボンのポケットには岩波文庫の青本か白本が必ず入っている。私が心底悩みながら、
「ミヤモトを好きになってしまった」
 と言ってるのに、こう返してくる。
「ほぉ〜。デカルトじゃん。『我思う 故に 我あり』を地でいってる。そんなふうに焦がれている自分の存在だけは確かだね! そこにきっとあるよ」
「『方法序説』かよ」
「俺は歌ってる時、自分をニーチェだと思ってるぜ」
「神が死ぬよ」
 私は飲みかけのウーロンハイを吹いてゲラゲラ笑いながら、セナ君とミヤモトが仲良しである理由が分かるような気がした。
 セナ君は、私を断じることをしない。
 あるべきなんて言わない。
 善と悪を線引きしない。

 私は安きに流れた。ミヤモトへのアプローチ法を考えるという名目で、セナ君とのやりとりを続けていくことにした。

 そんなある日、いつものように長電話した後に、セナ君はおそるおそるこう言った。
「俺の住んでいる部屋から、ちーさん(私)の家が見えるんだよ。」
「ホント?」
「今から俺の部屋のあかりをつけたり消したりしてみる」
 セナ君の家は、私の家から南の方へ出て大きな幹線道路を渡った対岸にあるそうだ。ベランダから目を凝らすと、意外と近くに、セナ君が住んでいるとおぼしき建物はあった。ワンフロアの部屋数が少なくて建物のシルエットは鉛筆みたいだった。

 チカチカ

「あっ点滅したよ!」
 鉛筆ビル七階の左の端っこの部屋で、あかりがついたり消えたり。
「じゃ、私もあかりを消してみる」

 チカチカ

「やっぱ、ちーさんの部屋だった」
 
 この発見は、私に心の安定をもたらした。一緒に履修している講義のレポート締め切りが迫ってくると、セナ君が遅くまで起きていることが分かって心強かったし、眠れない夜にはセナ君の部屋のあかりが見えるとほっとした。
 ──あそこに、私の味方がいる。
 そう思って、ほっこりしながら眠りについた。

 聡明な読者の皆様は「このパターンは、相談相手の異性と付き合うやつ!」と思っておられることだろう。あともう少し長くセナ君と楽しくやりとりしていたら、多分付き合っていたんだろう。
 でもある日突然、ミヤモトが私に言ったのだ!
「セナの奴からちーさんを取ってしまおうと思うんだ」
 その後、私はミヤモトの家で過ごす日が増えていき、私の部屋はあかりがつかない日ばかりになっていった。セナ君はあかりの消えた私の部屋を遠くから見て、何を思っていたんだろう。
 セナ君と話していて笑ってしまった一言がある。
「俺はさぁ、しょせん、ありとあらゆる女の子達の『いい人』なんだよ〜。あ、セナ君ね、いい人だよね! っていつも言われてんの」
「いい人王に俺はなる!」
「よ。いい人王!」
 ミヤモトを好き過ぎて、ちょっとどうかしている域に達していた私は、聞いたその瞬間、わざと明るく笑い飛ばしてしまった。
 私は、セナ君のこと傷つけていたのかもしれない。

 今でも思い出す。あの時の鉛筆ビル七階端っこに灯るあかりを。もう、ないけど。
 きっと今も、セナ君は誰かの心の中のいい人王として君臨していることだろう。

 ごめんね、セナ君。




以上1926字 規定書式 6枚換算

この企画に参加させていただいてます。
文庫サイズのノトコレブック、とても素敵です。
20名限定だそうなので、抽選に当たりますように…と神様に祈っています。

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ハトちゃん(娘)と一緒にアイス食べます🍨 それがまた書く原動力に繋がると思います。