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3/24「私のマネキン」短編小説

3月24日 マネキン記念日
1928年のこの日、日本で初めてマネキンガールが登場した。


人里離れた山奥に、一軒の豪邸がある。2階建ての洋館だ。

そこには50代の女性が一人で住んでいた。
女性は豪邸の一階にある大広間で優雅にお茶を楽しんでいる。
30畳はゆうにありそうな大広間。床には高級そうな絨毯が敷かれ、天井には光輝くシャンデリア。天板が分厚い豪華なテーブル。そして何脚かの椅子。

50代の女性はテーブルの中央の席についている。残りの椅子にはデパートの服飾売り場でよく見かける真っ白なマネキン人形がそれぞれいろいろなポーズをして座っている。女性とマネキンの前には香り立つ温かな紅茶が入ったカップ。そして3段に皿が乗ったアフターヌーンティースタンドにはサンドイッチとスコーンとケーキ。

「それにしても便利な世の中になったものだわ」
紅茶の香りを楽しみながら女性が言う。紅茶は宅配で届いた高級茶葉でいれたものだ。
「ネット通販のおかげで何でも手に入るのだから」
女性は満足そうに目を細めマネキンたちを眺める。
「あら、ネットなんて簡単よ。私、賢いのよ。学校の成績も優秀だったわ」
マネキンの一つに顔を向けて自慢げに言う。
他のマネキンに顔を向け、何回かうなずく。
「お父様が残してくれた財産とネットのおかげだわ」
「ええ、そうよ。お父様のことは嫌いだったわ。お仕事ばかりで全然かまってくれないし」
「それに私に近づいてくる人はみんなお父様の権力やお金目当てなのよ。嫌にもなるわ」
「私、そのせいで人間嫌いになってしまったのだから。近づいてくる人間は私を利用することしか考えていないのよ」
「でもお父様の残してくれた家と財産のおかげで生活できているのだから感謝しないと」
「結婚? 今更しないわよ、どうせお金目当ての人間しか来ないわ」
「こうして人を遮断して山奥にこもっている方が私もお金も守れるわ」
「寂しくなんかないわ。あなたたちがいるから。それにほら、たまに来てくれるお客様もいるじゃない。ふふふ」

コンコンコン。大広間のドアがノックされて、重厚な扉がぎいと音を立てて開かれる。
40代くらいの愛想のない女性がのそっと顔をのぞかせる。
「お申し付けの仕事はすべて終えましたので、失礼させていただきます」
通いの家政婦が挨拶にきたようだ。
「お疲れ様、また明日もよろしく」
いつもと同じ言葉を吐き、扉が閉まるのを待ってから、女性は再び口を開く。
「大丈夫よ。あの家政婦はね、他にいくところがないの。ここをクビになるわけにはいかないから下手なことしないわ。おとなしいものよ」



実際そうだった。40代の家政婦はこの家の女主人に逆らうような真似は絶対にしないと心に決めていた。忠誠心ではなく、女主人が恐ろしかったからだ。

マネキンと会話していることが怖いのではない。

(女主人はわざとそれをしている。こっちを欺くために)
(おかしな人間のフリをしてわたしが本性を見せるのを待っている。それが恐ろしい)

ここに勤めだした初日に家政婦は家中いたるところに小さなカメラが隠されているのを掃除中に発見していた。

(1階奥のあの鍵がかかった部屋。わたしに一歩も入らせないあの部屋。物置っぽいけれど本当はモニタールームなんだわ。そしてそこでわたしを監視しているのよ)

監視カメラが設置してある場所を、全部特定してしまおうかとも思ったが、それをしているところすら見られているかもしれないと思うと背筋がゾッとしてできなかった。

家政婦は数年前に離婚して、子どもを連れ実家に帰ってきた。一家は父母の年金と家政婦の仕事で得る収入で生活している。クビになるわけにはいかない。それにここの家政婦の仕事は給料もよいし、時間の融通もきく。一人でもくもくと料理を作ったり掃除したりするのは性にあっているのか、家政婦は仕事じたいは気に入っていた。

「こっちの言う通り働いてくれれば悪いようにはしないわ。だから私の機嫌を損なうようなことはしないでね。余計なことしたらどうなるか分かっているわよね?」
相場より高い給料が支払われるたびに、女主人にそう圧力をかけられているように感じて、家政婦は恐ろしくなった。

(それに女主人になにかあったら、わたしは職を失う)
(何かおかしなことがあっても誰にも何も言ってはいけない)
家政婦はいつも自分にそう言い聞かせている。



なんだ、あのばあさん、ぼけてるのか?

大広間をこっそりのぞいていた20代男性は目の前に広がる光景を気味悪く思った。
ここの主人と思わしき50代くらいの女性と、マネキン人形。
会話の内容までは聞こえないが、女性はマネキンに話しかけているかのようだ。

人里離れた山奥の豪邸、住んでいるのは一人の年老いた女性。侵入を人に見られる心配もない。大きな音を出そうが、女性が叫ぼうが、それを聞き駆けつける者も周りにいない。
人里離れているからと油断しているのか、敷地が広すぎて囲うのが面倒なのか、門も塀もなく中に入りたい放題。
玄関にこれ見よがしに大きな監視カメラがあるものの防犯意識は低いようだ。
これほど仕事のしやすい所もないと男性は数か月前からここに狙いを定めていた。

男性は下見に下見を重ねた上で、今夜仕事をするつもりだったが、マネキンと会話する女主人を目撃してしまい、その気味悪い光景に怖気づいてしまった。

(いやまてよ、ぼけてるばあさんの方がラクかもしれない)
(仕事を目撃されても、ぼけたばあさんならごまかせるかもしれない)

仕事をする決意を固める。家政婦も帰ったことだし、あとは夜になり女主人が寝静まるのを待つのみだ。

どれくらいそうしていただろう、あたりはすっかり闇に包まれていた。豪邸は常に静まりかえっていて来訪者もいない。2階の一室にぼんやりと灯がともっていて、分かりやすく女主人の居場所を知らせてくれている。その灯もふっと消えた。眠りにつくようだ。
それから一時間後に男は仕事を開始した。

男性は豪邸の周りを一周する。中の様子をうかがうためと施錠し忘れた窓があるかもしれない、その確認のために。

(おいおい、マジかよ。いくらなんでも不用心すぎないか。やっぱりぼけてるんだ、あのばあさん。これは楽勝か?)
一階で鍵を閉め忘れている窓を発見し、男性は思った。今日はついている。

ゆっくり窓を開け、中へと入りこむ。ここは台所だ。金目のものはないだろうと男性は素通りする。
足を忍ばせ台所のドアから廊下に出る。廊下は暗く不気味なほど静かだ。
男性は首からひもでぶら下げた照度が低めの懐中電灯で周りを照らす。そして外から覗いて目星をつけていた大広間へと歩を進めた。あそこの調度品は金になりそうなものが多い。何度も下見に来てはこっそり窓からのぞいていたので豪邸の1階の間取りは男性の頭に入っている。

大広間の重厚な扉の前に立ち、はやる気持ちを押さえてゆっくりドアノブを回す。しかし動かない。鍵がかかっているようだ。
男性はがっかりするもののすぐに判断する。ピッキングで鍵を開けるか、いやそれとも他の部屋を当たった方が早いか。他を見て金目のものがなかったらここに戻ってこよう。

廊下を懐中電灯で照らしながら進む。片っ端からドアノブを回すがどれも鍵がかかっていて開かない。

(室内は全部鍵がかけてあるからこそ、つい不用心になって施錠を忘れたのか)
(一部屋ずつ鍵をピッキングして金目の物を探すしかないのか。これは骨が折れる)

とうとう最後の部屋、1階奥のドアの前に着いた。この部屋は外から覗いてもいつも分厚いカーテンがかかっていて中を見ることができなかった。
ここもだめかもと半ばあきらめつつも、男性がドアノブを回すとそれは動いた。ドアは難なく開く。

ドアをゆっくり開き、懐中電灯で中を照らすと、暗闇に大きな金庫が浮かび上がり、男性の目はそれに釘付けになった。

(やった、すげえでかい金庫、何とか開けられないか)
金庫に近寄り懐中電灯でそれを照らし観察する。
唐突に体にバチっと衝撃が走り、男性はその場に倒れた。



「あら起きたのね」
車いすに座らされ縛られている男性を女主人が見つめている。
「ねえ、金庫のある部屋にだけ鍵がかかってないなんておかしいと思わなかったの?」
うふふ、といたずらが成功した子どものような顔で無邪気に笑う。

その笑顔が無性に怖い。身震いしている男性をよそに女性は身の上話を始める。
「お父様もお母様も全然かまってくれなくてね、私は小さなころから一人でお人形遊びをしていたわ。そうしていれば寂しくなかった」
「大人になってからもそう。人と関わるより、家でお人形とおままごとしていた方が楽しかった。あなたも見たでしょう、大広間のマネキンたちを。あれは私のお友達よ」
「でもねえ、真っ白なお人形に飽きてしまって、たまに別のお人形が欲しくなるのよねえ」
「ここ、入りやすかったでしょ。わざとそうしているのよ。あなたみたいな人が遊びに来てくれるように。あなたで何人目かしら」
「敷地のいたるところにカメラも侵入者検知器もあるとは知らずにね」
「しかも人目を避けて来てくれるからこっちも助かるわ。家政婦や出入りの業者に見つかる心配ないもの」
「ああ、暴れないで、痛い目みたくないでしょう」

スタンガンを男性の目にずいっと差し出す。女性の目が座っていて怖い。男性は恐怖で動けなくなる。

怖い。自分よりも小さな体のこの老いぼれが、スタンガンで倒れた自分を車いすに座らせたのか。
そんな力どこにある、執念のなせるわざか。その執念がおそろしい、とても逃げ切れない。

恐怖で男性の喉はカラカラに乾いている。
なんとか声を絞り出して、だれかあ、たすけてええと叫ぶ。
「むだよ」
女主人がにっこりと微笑む。
「ここは人里離れた山奥。どれだけ叫んでも誰も来ないわ。
あなたもよく分かっているでしょう。それが狙いでここを標的にしたのだろうし」

「叫び声をあげるのは、わたしとは限らないのにね」
うふふと笑い、男性の顔を覗きこむ。


家政婦の読みは外れていた。物置という読みは当たっている。しかしモニタールームではない。ここは大きな空の金庫があるおびき寄せの部屋。そしてプレハブの冷凍庫がある部屋。

冷凍庫はお店が近くにないために食料を大量にストックできるようにと父親が存命中にしつらえたものだ。
今は女性のお人形がしまってある。

(私は一人ここで死んでいく。死んだあとこれがばれても痛くもかゆくもない)
(それに犯罪者を退治しているんだから感謝して欲しいくらいだわ。まあ私も犯罪者だけど。ふふふ)
(それにハイエナのような親戚連中に一矢報いることができる。親族に人殺しがでたら大手をふって歩けなくなるわ。私の死後、財産はすべて寄付されることになっているし、いいことなしね。うふふ)

(ああ、それにしてもうれしいわあ。またお人形が増えた)
女主人は恍惚の笑みを浮かべて、ゆっくりと車いすを動かし、冷凍庫の中にそれを運び入れた。


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