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Sweet like Springwater ④ 天然水のような甘さ (短編小説)

4. 
土曜はオープン。その次の日曜日は丸一休みだった。朝早く起きる必要はなかったのに、春香はなぜか六時前に目が覚めた。屋外から煩い音がしていたと思ったら、違った。音は自分の胸の中から響いていた。心臓が煩く鳴っている。春香は起き上がり、深呼吸しながら鏡のまえに身を運んだ。そうしても、ドンドンドンという音が静まらない。一応、顔を洗ってルーティンを握った。朝食、バタートーストに紅茶。それでも、奇妙な心拍をなだめることができない。足がどこかに行きたがっている。足が身を引っ張ってる感じ。頭もくらくらなってきた。

どこかに行きたい。

空を飛んで遠い場所へ。

どこでもいい。

どこでもいいって可笑しい。まず、目的地を決めて旅に出るものだ。それが合理的なやり方だけど、今日はそんな真面目に行動はできない。心のワイルドな部分がひらめいて、適当な場所へ向っていけと叫んでた。この気持ち、どう名の付けるべきか。ホームシックでもない。ホームシックの反対語だ。お家に帰るというより、遠い場所に行きたい病。

仕方なく、このデザイアに応えようとして、手近の服装に着がえて、バッグ持参でアパートを去った。

汗をかきながら、足が思考より早く動いている感じで、駅までせかせか歩いた。駅内に立って、方向をどれにしようかなで決めて、南行きの電車に乗った。この線は遠くまで渡る。車内で計画をたてればいい、適当な駅で降りて、あとは気分に任せる。そう思ったが、座ったら席から見える景色の変わりかたに惹かれて、計画立てるよりも、脳が空っぽになって、ただぼーっとして席に沈んだ。ももろもろの感情が浮かび上がる。熱くて寒い、幸せで悲しい、緊張で安らか、見た事あるけど見た覚えがない景色が四角い窓のフレームに次々と出展された。

空と山と森林の彩は何千回も覗ったことががある筈なのに、今日は違うレンズで見えた。そして、遠くに建ってい軒並みが目にとどまる。誰がそこに住んでいるのだろう。どんな生活をしているんだろう。幸せか?不幸か?どんなドラマがそこで繰り広げられてるのか、知りたくなった。

駅に駅をとおって、瞬く間に終点に辿り着いた。電車からは、田舎の村だと分かった。まだ昼食には早いから、まず周辺を見て回ろうと春香は思った。改札口の横に置いてあったブロシュアーを参考したら、この村は海鮮丼で有名らしい。周りをみれば分かりやすい。駅は高原のうえで、プラットフォームからでも、海がみえる。広くて青くて完璧な海。遠くに幾つか漁船が浮いているのも見えた。そして、カモメの喧しい歌声が反響した。

近くにあった細いコンクリートの階段を降りると、下にのどかな村が春香を迎えた。目の前に色あせた看板がぽんっと立っていた。文字も小さくて春香はじっくりと読まなかったが、赤い矢印が岸を指していた。そこに行こうと決めて、ゆっくり村道を通りながら、ふらっとお見上げ店に入って、途中にあった神社で参拝して、悠々に道を進んだ。

薄日で空気はさっぱりして、散歩にちょうどいい天気だった。岸へ行く道路はなだらかな坂。もう少し歩いたら、海に突き出している長い桟橋が現れた。その隣に、銅像が立っていた。地元の歴史人物だろう。どんな人か分からなかったけど、春香はこの勇敢な表情を覗えると尊敬した。

青い海を背景にして、小柄な春香はシルエット。周りにはカモメのフンだらけで、塩っぽい空気が鼻をつく。春香の唇から静かなため息が零れた。行き当たりばったりな旅は人生初。そして、自由を味わった気がした。でも、自由にはほろ苦い後味がすると春香はそこで学んだ。孤独というこの気持ちも人生で初めてかも。寂しげな目でこのシーンを呑み込んだ。

その時に、後ろから誰かが出演した。一人旅してる若い女性がなぜか近づいてきて、最初は恥気味だったが、最後に笑顔で春香に声をかけた。
―今日、一人でいますか?愛想良い表情で尋ねてきた。

春香はちょっとびっくりした顔で、そうですとはきはき答えた。相手は笑って、自分も一人っきりなんだと言いながら、長い話しを続けた。

ちょっと変な話になんだけど、今朝起きたら海辺に行きたいと考えたの、彼女は言う。泳ぎたいわけではなかった、ただ見るだけで楽しむ。私って、時々こういう気持ちになるの。行ってないところに行きたいという気持ち。普通は、知り合いを誘うんだけど、今日は特別に一人でいこうと決めたの。誘っても、付き合ってくれる人もいないと思ってね。ここからけっこう遠い場所に住んでるからね。でも、一人でも平気なの。美しい景色とおいしい食べ物があったらね。でも、あなたが一人でここに立ってるのを見たら話し掛けたくなちゃった。人間、そして特に女性には、淋しい気持ちになるのは健康に悪いんだよ。短い時間でも、孤独感が生じると肉体と精神が相当ダメージを受けるの。私、看護師だからこういうこと勉強するの。だから、あなた一人で立っているのを目撃したとき、もし、この子が淋しくなってきている状態だったら、助けにいかなきゃ。そう思って、寄ってきたの。それと、私もちょっと淋しく感じてきた理由もあるけど。

この会話は、砂浜を歩きながら交わしていた。話がおわりになる頃、傍にあるたった一つの飲食店に入った。お店はがらがらで、ゆっくり話を続けられる雰囲気だった。座って、海鮮丼を注文したら、春香は目の前に座っている、付き合ってくれてるお姉さんの名前を忘れてしまったことに気付いた。忘れたか、むしろ一番最初に自己紹介を交わしてなかった。

その時ーあなたの名前はどうやって書くの?と相手から尋ねてきた。

女性は鞄からブルーペンと紙を出して、春香に渡した。そして、春香は名字と下の名前を紙に書いた。ペンを相手に返しながら、あなたの名前はどう書くのと聞いた。

女性はペンを取って、綺麗な手書きで「紫羅蘭」と書いた。ちょっと、見た事のない名前…と春香は思った。

ー私、台湾出身なの。女性は説明した。

ほんとうですか?と春香は驚いたそうに言った。でも、今よく聞いたら、紫羅蘭すみれの声に微妙な発音が聞こえてきた。

紫羅蘭は微笑んだ。日本語はおじいさんが教えてくれて、あとは言語学校に通って、とにかく真面目に勉強してきた。日本に引っ越しして三年半もたった。三年もここで生活してたのに、まだ独身でね、最低だよね。紫羅蘭はちょっとがっかりした感じで言い付けた。

でも、紫羅蘭はすごく優しくて可愛いし、すぐ持てるよ、と春香は元気つけようとして言った。

紫羅蘭は少し悲しそうに笑って、この前まで付き合ってたんだと言った。でも、別れた。昨夜、別れたばっかりなんだ。 

ああ、そう。春香は次どんな選択を選ぶか迷った。どうやって励ましていいのか、ティッシュを取り出すべきか。でも、なにも行動できる前に、紫羅蘭は大声で笑い始めた。

ーそれでも良いの。彼氏をそこまで好きでもなかったし。女性にしてはね、良い男を選ぶことより大事なことはない。男に対してはこだわらないといけないよ。恋に落ちる前に、ちゃんと考えて、この人でもいいのかと計算しないといけない。お金やキャリアやルックスとかに騙されないように気を付けてね。表面的な部分に引っ張られて、絶対良い結果にならないから。恋は人の内面を見ることだからね。「恋は盲目である」という諺は嘘だ。恋っていうのは相手をちゃんと見れること、ちゃんと知ること。でも、一つ気を付けて。逆もそうなるの。相手の全てを知れば、その人を好きになってくるから。他人を完全的に見えたら、彼の悪癖も許すし、欠点も愛おしく感じてくるの。百パーセント、そうなるよ。だって、相手のことを完全に知るということは、恋そのものだもん。だから、真剣に見ない方がいい時もある。真剣に見ると恋に落ちちゃうからね。

春香は頷いた。実は、私は経験がないと白状した。更に、母から早く結婚することを勧められたと言った。妹にも誰でもいいから、彼氏をみつけなさいみたいなこと言われてる。

ーこの問題は他の人が決めるものじゃないよ。自分自身だけが決められること。家族には余計なお世話は断りますと言っといて。

家族にそんなこと言えるかな。でも、そうだよね。自分の幸せは自分の責任だから、自分で自分の道を選ぶべきだと、それは心の底から信じている。自分の気持ちに応えていく。未来は誰にも分からないけど、私はそうすれば幸福を獲得できると思ってる。

気付いたら、お店に入ってからもう二時間が経っていた。店員の叔母さんは、この子たちの相談がいつ終わるのかと、じっと待ってたのだろう。会計のとき、春香は自分の分ぐらいは払おうと思ったが、紫羅蘭に強く言われて、財布を閉まった。

二人は、そのあと腕を組んで村を一周した。あまり喋らなく彷徨いた。夕日が落ちる少し前に、駅に着いて、春香はそろそろお家に帰らないとと言った。紫羅蘭は違う電車だけど、春香と一緒にプラットフォームまで上がって見送りした。

知らない子と仲睦まじくなった。でも、電車に乗ってる間、彼女と連絡先を交換してなかったことに気付いた。いつか、どこかでまたあの人と会えるのか。それとも、この偶然の出会いは一度きりのことなのか。これからの人生は、このような不思議な出会い、一度しか交差しない道、何回あるのか。どんな運命が先に待ってくれてるのか。電車の中でこんなこと考えたころ、いつの間にか眠っていた。行先の一つ前の駅で目がぱちぱちと開いた。

アパートでは、お風呂に入って、簡単な夕食を取った。その、楽しい一日が終わるときに感じる鬱々しい寂しさがじわっと胸に広がった。でも、落ち込まない。寂しさも気持ちいい感情だ。今日、出来たことはいい思い出になると、自ら慰めて春香は布団に入った。




今回は、Michaelbishopartの作品を借りました。是非、インスタグラムのページを拝見してください。

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