Friend (Real/Imaginary)

セラピストから折損の間に突然聞かれた質問

「子供の時にイマジネリーフレンドっていた?」

イマジネリーフレンド(Imaginary friend、空想の友達)は確かにいました。

小学校の時は一人遊びが得意と言われて、群れに包まれるのが苦手でした。人を嫌いとなく、いまも人間不信といことないです。ただし、一人の時間は大事にしている、そして子供の時からそうだったとセラピストと相談した機に分かりました。

イマジネリーフレンドは自分と考え方がそっくり、同じものが好きだし、なんの相談にも乗ってくれる。孤立の時間は多かったが寂しいことは全く無い子供でした。幸せだったと思えます。だから、空想の友がいることは悪いことだと考えられません。逆らにいいことだと信じています。

しかし、マイナスのポイントも出てくることは事実です。子供の時期に長時間架空の世界に過ごすと、脳が現実から離れるように鍛えられることです。私のことでは、大人なってから解離性の症状と変動しましたとセラピストは説明しました。その上に双極性障害の診断を置いたら、適合性が低い社会人とも言えない人間になったのだろう。

この解説に少しは納得できました。現状に向き合うことが苦手で、これが私の一つの弱さだと理解できました。この思考の原因が直ちにあることを分かって、これは自分が悪いからだと自分を責めれことも止められました。

カウンセリングということは、凸凹の道でもありますが、時々は突発があって成長できる機会だと思います。今は金融的の理由でセラピストは停めてましたが、再起動したい気持ちはあります。

それにしても、私とイマジネリーフレンドの接待は続くと思います。去年で30歳になりにも、まだ一人で頭の中に会話をしつつ、たまには何時間も話し合いが長引くこともあります。死ぬまで変わらないでしょう。良いことか悪いことか、私の一生に付き合ってくれる親友は空想。

まぁ、悪いことではないでしょう。



================

毎日のNoteが週一のNoteになりました。これはインスピレーションがないこともあるが、怠けていることもあります。

書く目的は自分の勉強が第一ですが、たまには読んで欲しいというポストも投稿します。最近ニュースの話題になっているミャンマーについて自己感想を執筆しました。ミャンマーや政治学の専門家ではないですけど、ミャンマーに在宅を経験したことがあるので、今の政治問題に関心持っています。まだ読んでいなかったら、ぜひご覧ください。