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Uターン起業から5年。夫婦で営む会席カフェ「ごはんやさんキモリ」の軌跡

神戸市の中心部から車で北へ約30分、にぎやかな都会とは一転、田園風景が広がりスローな時間が流れる淡河町(おうごちょう)。全国有数の酒米生産地としても知られており、里山の澄んだ空気と肥沃な土壌が農産物を育んでいる。この穏やかなロケーションに溶け込むように佇むのが本格的な和食会席膳を楽しめるカフェ「ごはんやさんキモリ」だ。

店を営む木全(きまた)浩治さん早穂さん夫婦は、以前は東京で生活をしていたが、子育てが始まったタイミングで生活が一変し、ワークライフバランスを見直したという。

毎日残業するのが当たり前、朝から夜まで働きづめの生活。「家族と過ごす時間を増やしたい」と、娘の成長と共に思いが膨らみ、子育てしやすい環境を求めて、早穂さんの実家である淡河町にUターン移住を決めた。

現在、木全さん夫婦が営む店は、老若男女を問わず地域の人々に愛され、遠方からも来客が絶えない人気店として地域に根付いている。定住起業してもうすぐ5年を迎えるこれまでの軌跡についてお話を伺った。



東京での板前時代。激務で幼い娘と顔を合わせる時間もなかった

東京に住んでいた頃の浩治さんは、料亭で働く板前として朝から晩まで働き通しだった。

「感覚が麻痺するほどの激務でした。朝早く出勤する時、娘に『またきてね』って言われるぐらいでしたから。お父さんは一緒に住んでいないと思っていたのでしょうね」(浩治さん)

東京で子育てをすることに違和感を感じた理由は他にもあった。「公園で遊ぶ子どもの声がうるさい」とニュースで報じられるようになり、子どもたちが自由にのびのびと遊べない環境で暮らし続けることへの疑問が生まれたのだ。

「仕事人として大きな歯車の中に組み込まれるよりも、家族の時間を大切にしながら、雇われない働き方を模索したい」と考えるようになった木全さん夫婦。
教育環境を考え、娘が小学校に上がる時期に東京から離れようと決意した。偶然にも早穂さんの両親が自宅の古い納屋を建て替えようとしているタイミングが重なる。

早穂さんの両親から「納屋の建て替えでお金をかけるんだったら、自分たちのお店をやってみたら?」と提案されたのをきっかけに、2018年に木全さん一家は淡河町へ移住してお店の準備を進めていく。娘と触れ合う時間を優先していきたい思いと、起業して自らお店を立ち上げる決意から始まり、両方が実現したのだ。

 

会席料理とカフェを融合したお店を開業


木全さん一家が移住した翌年の2019年5月、会席カフェ「ごはんやさんキモリ」がオープンした。コンセプトは「本格的な会席料理を少しずつお膳で楽しむカフェ」だ。

浩治さんが20年来続けてきた本格的な会席料理。
地元産の素材を使った季節料理は、早穂さんが全国の陶器市で選んだ陶器に1品1品盛り付けをしてお膳で提供される。


「お店のコンセプト作りの段階で、『カフェのような雰囲気で女性目線を大切にしたい』と考えていました。会席料理は、会社員が接待で使うイメージが強いですよね。しかし、もっとカジュアルに職人の手で丁寧に調理された本格的な料理を食べてもらいたいと思ったんです」(早穂さん)

県道38号から1本入った坂道をのぼっていくと自宅に併設したお店がある。

「ごはんやさんキモリ」のランチメニューは、地元産の旬野菜を使った本格会席がお膳で楽しめる。定番の「キモリ膳」の他に、かつて二人が働いていたスイスの高級旅館での賄いメニューをアレンジした「天丼」も用意している。

「淡河町産の野菜はとにかく美味しいんです。道の駅が近くにあって、鮮度の良い地元産の野菜が手に入ります。この辺りの土は粘土質で、ねっとりしているから、野菜や米のうまみが増すんです」(浩治さん)


カフェメニューには欠かせないデザートにも一工夫がある。
早穂さんのいとこが自然農で育てるエディブルフラワー(食べられる花)を添えているのだ。華やかな彩りをプラスすることで、食べる人の五感を楽しませている。

食事だけではなく、お店の周囲を彩る季節の花々を目当てに来店する客も多い。この花たちを丹精込めて手入れしているのは、早穂さんの母だ。「ごはんやさんキモリ」は、木全さん夫婦のみならず、親族のサポートが大きな支えとなっている。

神戸市の二つの支援制度を活用して「農村定住起業一号店」となった

窓格子は納屋の名残り。元々あったものを活用してモダンな空間を演出している。

「ごはんやさんキモリ」は、神戸市北区で初めて「農村定住起業の一号店」になった。
その過程では、「神戸開業支援コンシェルジュ」と神戸市の「農村定住促進コーディネーター」のサポートを活用している。

神戸開業支援コンシェルジュとは、神戸市が無料で実施している開業支援サービスだ。経営セミナーや個別相談などで創業時の疑問を解決できる。木全さん夫婦は、開業資金やお店のコンセプトなど一から相談したそうだ。

また、農村定住促進コーディネーターは、移住希望者とまちをつなぐ窓口役だ。木全さん夫婦は営業目的で農業用納屋をお店へと建て替えるため、神戸市と地域の方々からの許可が必要だった。その間の架け橋となったのが、農村定住促進コーディネーターの存在だ。

神戸市北区が、移住者に手厚いサポートを行うのには理由がある。地域では子どもの数が年々減少し、過疎化が深刻となっている。そのため、新しく農業を始めたり、起業をしたりする人を歓迎しているのだ。この取り組みの甲斐があって、ここ数年は北区で農業する人々が増えているそうだ。

「なんて豊かなんだろう」移住後に生まれた娘との時間


現在の木全さん夫婦は、愛娘と過ごす時間を何より大切にしている。東京で生活していた頃とは一変、店の営業時間が終わると、家族の時間に切り替える。自宅のすぐ隣の店で両親の働く様子を見てもらえるようにもなった。

「淡河町に移住してから、『時間の流れがなんて豊かなんだろう』と思うようになりました。現在娘は小学5年生。色々な経験をさせてあげたいので、休みの日は出かけることが多いんですよ」(早穂さん)

自分たちの人生で必要なものは「家族の時間」だと気づき、環境を変えるべく歩を進めたことで、豊かな時間を手に入れた。「もう都会の生活には戻れないです」と語る木全さん夫婦。「これからの娘の成長が楽しみ」と語るその姿から、満足いく人生を歩んでいることが伺える。

Uターン定住起業で地域顧客との信頼関係を築けたのはなぜ?


中庭を眺められる開放感のあるガラス窓からは、柔らかい陽の光が差し込んでくる。

木全さんの場合は、早穂さんの実家が代々培ってきた地域との関係性がある中での開業であった。

「僕は全然違うところから来ている人間ですが、今は地域の方々に気にかけてもらえているのが、本当にありがたいですね。それも、代々妻の先祖がこの地で築いてくれた地域との関係性があったからこそだと思っているんです。

地域の祭りや法事など集まりのときに注文があれば仕出し弁当を作って、今は地域へ還元しているような状況です。地域の中で助け合える土壌ができているともいえるでしょうか。おかげさまで店にも足を運んでくださる方が年々増えてきており、この地で受け入れてもらえていると実感しています」(浩治さん)

Uターンでお店を経営したことで、さらに地域の人とのつながりが増えていった。木全さん夫婦は「出会う方々に助けられて、ここまでやってこられた。恵まれています」と話す。

農村移住も選択肢の一つに。暮らしを見直して自分の人生を歩む



最後に木全さん夫婦に、農村移住を考えている方へのメッセージをいただいた。

「僕みたいに、慢性的に仕事が忙しくて感覚が麻痺してしまった人は、一度移住を検討してみても良いかもしれません。農村でのゆったりとした時間の流れに身をおくと、仕事中心だった今までの価値観がガラリと変わりますから」(浩治さん)

「農村の豊かな自然の中で四季を感じると人生の時間が充実してきます。田舎に住むっていいものですよ!」(早穂さん)


農村起業定住からもうすぐ5年を迎える木全さん夫婦。取材日も、お店に来店する地域の方々と木全さん夫婦が食後に談笑している様子が印象的だった。浩治さんの作る食事と早穂さんの提供するサービス、おもてなしの心がじわじわと地域の人に受け入れられているのだろう。二人の温和な人柄に心を開いて話ができる関係性を、着実に築いてきたことが伺える。

お店の公式インスタグラムでは、年末のおせちを注文した方が差し入れを持参していた様子が紹介されていた。地域の人たちに受け入れられているというのは、家族の一員のような感覚なのかもしれない。温かい笑顔と美味しい料理に会いに行きたくなる。そんなお店だ。

農村の時間の流れはゆったりとしていて、緑に囲まれた景色は目にも優しく、肌に当たる空気も澄んでいた。この記事を読んで「ごはんやさんキモリ」が気になった方は、一度訪れてみてほしい。日々の仕事の疲れもきっと癒されていくだろう。

ごはんやさんキモリ


・住所 651-1615 神戸市北区淡河町荻原696
・営業時間
水曜〜金曜 11時〜14時L.O.
土曜〜日曜 11時〜15時L.O.
(定休日 月・火曜 + 水、日曜不定休 法事などの仕出しの際は臨時休業もあり)

・電話番号070-8546-6112
・SNS インスタグラム(@kimori0530)
 https://www.instagram.com/kimori0530/




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