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連載小説「切符にはイヤホンを」#1

短篇の「切符にはイヤホンを」を読んでからの方が更にこの作品を楽しんで頂けると思います。

短篇小説「切符にはイヤホンを」|るーぺ https://note.mu/yuuka_fiance/n/n04a0ca6100db

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都会はとても息苦しい。
人はみんな小さい画面を眺めながらうつむき加減でいる。
誰も他人に興味が無い。
なのに街はうるさい。
今日も都会は他人行儀だ。
押しつぶされる通勤通学ラッシュの中で僕はそう思う。
イヤホンは必需品。
これも都会の日常なのだ。
ノイズキャンセリングの付いたワイヤレスイヤホンで自分だけの世界に籠る。
虚構のプライベート空間を作り出して、その中で音を楽しむ。
いや、楽しめてはないな。
音楽を聞くことが周りの忙しさを忘れるための行為になっている。
BGMって言葉がお似合いだ。電車を乗り過ごせないから、ちらちらドアの上の画面を見る。
そんな調子じゃ音楽に集中出来るわけもない。
学校の最寄り駅に付けば、イヤホンを外して人をかき分け降りる。
なんてことない、日常。
BGMの代わりに駅のアナウンスと人の歩く音が耳に入ってくる。
憂鬱はいつもそこからはじまる。
今日も頑張ろう。

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駅のホームから夕日が反射するビルが見えた。
帰りの電車に乗り込む。息苦しい車内。
今日もノイズキャンセリングのイヤホンで虚構に籠る。
サブスクでシャッフル再生。
特に聴きたい曲もない僕には十分だ。
虚構に電子音が響く。
静かなイントロが何故か僕の琴線に触れた。
電子音なのに、切ない。
曲は突如として顔を変える。
オートチューン、Lo-Fi、テクノ。
あげればキリがないくらい沢山の要素で構成されている。
まるで都会そのものだ。
歌詞は

「朝が来るまで終わることの無いダンスを。朝が来るまで終わることの無い音楽を。」

と繰り返す。
あぁ、僕の求めていた都会像だ。
真夜中の誰もいないビル群の中を1人で歩く感覚。曲名はそのまま
「朝が来るまで終わることの無いダンスを」
と言うらしい。
ずっとこれに浸っていたい。
そう思えた音楽に出会えたのは初めてだ。
電車はいつもの駅に着いた。
曲が終わる。
イヤホンを取って電車を降りる。
夜の街を1人で歩きたいという衝動に駆られた。
あの曲を聴きながら。
駅を出てビル群の中を歩く。

イヤホンを付けた。

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気づけばそこは駅だった。
さっき出たはずなのに、と思うが地下のホームということに気づき余計に戸惑う。
誰もいない。帰宅ラッシュの時間のはずだ。
ノイズキャンセリングのせいも相まってその異様な静けさは僕を不安にさせた。

イヤホンを外す。

さっきのビル群の歩道に立っている。
頭が普通に振る舞うように求めてきた。

僕は何も無かったように歩き出してイヤホンを付けた。

瞬間、地下のホーム。
今度は電車がドアを開けて停車までしている。
ただつっ立ってる僕。
ホームの奥の方から車掌がやってきた。
何か言っているが、ノイズキャンセリングのせいで聞こえない。
気づけば車掌は僕の目の前にいた。
勝手にイヤホンを外してきたので思わず手を払う。車掌は言う。
「切符はお持ちのようですね。とりあえず車内へ。」

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「...どう頑張っても理解出来ない。」
「無理もありません。初めてのご乗車ですから。」
「もう1回順番通り説明してもらえる?」
「分かりました。あなたは都会が息苦しかった。それを紛らわすためにイヤホンを付けていた。しかし、その曲に出会って都会の静けさに惹かれた。あなたは夜の都会に憧れた。音楽の与える憧れをイヤホンという切符を通じて、この電車にやってきたのです。」
点で理解出来ない。
車掌は続ける
「誰もいないこの電車、さっきのホーム。変だと思いませんか?」
「思うに決まってるでしょ。ただでさえ不意に知らない場所に飛ばされてるんだから、人が居ないと余計に不安になるよ。」
「この電車とホームは音楽からくる憧れの数だけあります。」
「は?」
「あなたが曲から夜の街に憧れたように、田舎に住む人が音楽を聴いて都会に憧れたりしますよね?」
「例えが限定的だね。まぁ、分かるよ。」
「音楽は人をどこかへ連れて行ってくれます。この電車はその具現化。私はその行きたい場所に行くお手伝いをします。」
「いや、それなら僕は夜の街を歩くだけで十分だったんだけど。」
「みんな盛上がる時間だ。どうしてだろうか。不安が残る」
「どうしたの急に。」
「宇多田ヒカルのtravelingの歌詞です。ご存知無かったですか?」
「いや、聞いたことはある。かも。」
「夜の街やちょっとした旅をイメージさせる曲は沢山あります。あなたにその沢山の曲に出会ってもらうんです。どの曲が1番なんてことはないですから。」

「ちょっと、そこまで行きませんか?」

# 1 終、

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