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カメラ片手に、何かを探しに出かけた夏

2023年8月16日夕方、私は東京駅の前に立っていた。東京には大学院入試のために来ていた。入試は翌日だ。だが、前日までの台風でしばらくホテルに缶詰になっていたのが堪えてきたのか、入試のためにと勉強しても何も頭に入ってこなかった。そうでなくったって、ひと月前の失恋で私の心はとっくに失われていた。入試のために東京に来たけれど、入試なんて正直どうでもよかった。これ以上ホテルの部屋にいてもどんどんダメになっていくだけだと思い、カメラを片手に部屋を飛び出した。そうしてやってきたのが、ここ東京駅だった。

相変わらずの人の多さ。ずっと一人でホテルにいたからむしろ安心する。東京に来たということを強く実感させてくれる場所の一つが東京駅だ。

手元にあるのはNikonのZ50というハーフサイズのミラーレスカメラ。これでファインダーを覗いて東京駅をパシャリと撮った。そして皇居方面を覗いてパシャリ。この頃やっとマニュアルモードで撮ることに慣れてきた。カメラを買ってから1年ちょっとが経っていたが、ISO感度やF値、シャッタスピードなんかをいじって撮る方法が楽しいということにようやく気づいた。


この日は台風一過とはならず天気が不安定だった。夕立が降って折りたたみ傘をさしてちょっと待っていたが雨が止んで日がさしてきたので傘を畳もうとしていた。こういう天気の時には虹が出るからキョロキョロしていたら知らないおじさんからカタコトの日本語で話しかけられた。

「いい傘持ってるね!」

見るとそのおじさんも首からカメラを下げていた。後から知ったのだがそのカメラはライカのモノクロカメラだった(私自身があまりカメラに詳しくないため機種は聞いてもわからなかった)。その人は日本人離れした顔立ちだった。聞くとイタリヤ人と日本人のハーフらしい。普段は田舎に住んでいるけど旅で東京に来ていたようだった。どうやら何回も東京を旅しているようでとても詳しい。「日本人の君より僕の方が東京に詳しい」と言われてしまったが本当にその通りだった。

おじさんはデジタルのモノクロカメラだけではなくフィルムカメラも持っていた。「キタムラの社長に200万で売ってって言われる。でも売らない」と自慢された。見せてもらったがかなり年季の入ったものでかっこよかった。

「一緒に写真撮らない?」と言われた私はその人についていって東京駅周辺で話しながら写真を撮ることにした。その時はなんだか誰かと一緒にいたい気分だったし、一人でいても探し求めているものが見つかる気はしなかったからだ。それに、こういう一期一会は大切にしたい。


まずはKITTEに行った。一階のスペースではちょうど写真展が開かれていた。夜空を写した写真が多く展示されていてKAGAYAさんの写真なんかもあった。そして天井からはきれいなバルーンが吊るされていた。

KITTE

その後KITTEの屋上に上がった。屋上に上がれることを私は知らなかった。屋上からは東京駅が斜めの方向に見え、奥には電車が停車しては走っていく様子が見れた。

KITTEの屋上から見た東京駅
KITTEの屋上から見た東京駅2


そのおじさんにはカメラで写真を撮るときの心構えを教わることになった。私は写真を撮るときについついパシャパシャと枚数を刻んでしまうが、そうではなくてちゃんと考えて撮りなさいということを教わった。そうやって写真を撮るならどういうふうに撮るかを考えながら散歩する。トレーニング、トレーニング、と言われながら色々なところに視点を向ける。

さっき降っていた雨粒のついたベンチ。今ならもっと寄りで撮るかなという写真。
ガラス面で対称的になって面白いと思って撮ったもの


KITTEを出た後も東京国際フォーラムを通り抜けたり丸の内仲通りを歩いたりした。

東京国際フォーラム
丸の内仲通りにあるオブジェ


丸の内仲通りにあるオブジェ2


途中でチョコレートの飲み物を奢ってもらって休憩がてら飲んだ。iPadでおじさんがこれまでに撮った写真を見せてくれた。色々なところに行っていてすごく羨ましかった。おじさんはあまりネットで調べたりはせずに気になったお店にはどんどん入っていってしまうようだった。そして気に入らなかったら二度と行かないし、気に入ったらリピートする。そういう生き方、いいなって思った。そこにあるものを楽しもうよ、他でもできることじゃなくてそこでしかできないことをしようよ、そんな人だった。

それからそのおじさんも一人で旅をするのが好きな人だった。も、というのは私自身もそうだからだ。一人でご飯食べに行って何が楽しいの?と友達に言われるけどわからないと言っていて、そのわからなさにわかるわかるとなっていた。


最後に再び東京駅前に戻ってきた。2時間くらい、歩きながらおしゃべりしながら写真を撮っていた。でも、ゆっくり考えながら撮っていたからそこまで枚数が多いわけではない。いつもとは違った形で写真を撮れたし、何よりも今後カメラで写真を撮るのが楽しくなりそうだと思えた、そんな日だった。

戻ってきた東京駅前

きれいな写真を撮れれば良いというだけならスマホでも撮れる。むしろスマホの方がきれいに撮れることだって珍しくない。それでもカメラで写真をとるという行為の中には、そうでないと見つけられない視点が、見つけられない風景があるのだとそう思った。別れ際にも、よく考えて写真撮るトレーニング続けて、きっと上手くなるよ、と言われた。試験前日だということをよそに飛び出してきてよかったと思った。



おじさんの後ろ姿




院試が終わった後、私は何かを探しに旅に出た。おじさんから教わったことを手がかりに、カメラを片手に旅に出た。この旅で撮った写真はそれまでに自分が撮っていた写真とは全然違うものになった。何を撮りたいのかが分かりやすくなった。何を見ているのかが分かりやすくなった。それは私自身が取るものをちゃんと見れるようになってきたということだと思っている。


この時の旅の話は、また別の機会に。


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