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深更の逍遥


凍てつく深更のネオン街を半袖で長ズボンで逍遥する。行き交う人からは、冬風のような冷たい眼差しが差さる。酩酊しているため、寒さなんて気にせず闊歩する。何故、半袖で半ズボンで街を歩くことになったのか。それは今から五時間も前である。懐にはかなりの額が入っていたので、鱈腹飲もうと同級生とそっくり館キサラというものまね芸人を多数輩出しているショークラブに入った。予約の客がいっぱいで入れない、と言われ、帰ろうかと思ったが、従業員が機転を利かせてくれて、作業台でも良いならば、と言われて案内してもらう。
そこは、イタリア料理を好き放題食えるところで、ひもじかったので、お誂え向きだと思い、パスタ、肉料理、ご飯、野菜などを好きなだけ皿に載せて、席へ戻った。
酒がなかったので、店員さんを呼びつけると、梅酒と焼酎しかないと言われたので、初めて飲む梅酒を頼んでみることに、水割り飲むが、なかなか強い。アルコール度数を見ると十一度と書いてあったが、酒に手を出した当時の俺(20歳)だとそれが高いのか低いのかわからなかった。
酒と肴がなかなか美味く、貪欲な食欲は際限なく、続く。ショーが始まる前にはベロベロに泥酔していた。3杯くらい飲んだら、水で割るのを無視して、ロックで飲み始め、中盤になった頃には、一瓶開け、隣の焼酎まで手をつけている体たらく。同行していた友達は、心配していたが、自分が大丈夫かなんて判断が、皆目見当もつかないくらい泥酔していた。パスタを頬張っていた頃、急激な吐き気を催し、トイレに駆け込むが、間に合わず、イタリアンが逆流して、洋服に掛かってしまった。脱ぐ前に、今にも口から止め処なく溢れてくるブツをトイレに吐瀉物を吐き捨てる。洗面台に吐き捨てないのは、学んだ。(ヘドリレーを参照)
吐くのは、たまらなく爽快感がいい。しかし吐いている時だけだ。そのあとは、形容できない違和感が絶え間なく続き、吐こうとしてもブツができない気持ち悪さがある。席へ戻ろうとしたが、ショーが始まっていたので、あたりは真っ暗だった。仕方なくショーを傍目に、先程こぼしたブツを洋服で拭き取り、違和感と対峙し、トイレで過ごす。気づいた頃には、ショーが終わっていた。
席へ戻ると、友達がモノマネ芸人と写真撮影をしていたので、ショーを見ていないので、誰のモノマネかは知らないが、ノリで、写真に写る。友達は横で怪訝な顔をして店を出る。
「お前どこ行ってたんだよ!」
「いやトイレ行ってたわ。」
「長すぎだろ!女の生理か!」
「うるせえ、吐いてたわ。梅酒飲みすぎた。」
「とりあえず、次の店行こうぜ。」
「もう帰りたいんだけど。」
「うるせえよ。ちょっとついてこいよ。」
「わかった。」
ちょっと行きたいところがあった。
それは、新宿2丁目だ。夜の街を歩くならば、鉄板と言える場所である。
「おいおい、ここやべえところじゃねえの?」
「いやヤバくねえだろ。俺も初めてだがな。」
「帰りてえよ。」
近くのお兄さんにオススメのゲイバーを聞いて、そこへ連れて行ってもらった。紹介料としてチップをあげ、入店する。
店内は、クラブみたいに騒がしい。暴走族のような不愉快な騒音だ。
つい、うるせえ!と、怒鳴ってしまった。
「あら、ごめんなさいね。」
「音量下げろよ。騒々しい。」
「いやよ!」
「なんでだよ!」
「楽しいから良いじゃない!」
踊りながら、酒を注いでくる。めちゃくちゃな接客だ。頼んでもないのに酒を注いでくるとは奇想天外でおもしろい。
渡された酒を飲むとミルクティーのようだ。
「なんだこれは?」
「ミルクティーと焼酎割りよ。めちゃくちゃ効くから気をつけてね!」
「そんなものあるのか?」
「韓国で流行ってるのよ。」
「ふーん。」
ゲイとの会話がひと段落したところで、放置気味だった友達に一応触れてやる。
「最近どうよ。」
「まあ大学は惰性だけど、バイトは面白いな。人間関係は、なおざりだけどね。」
「人間関係をなおざりにして、仕事するのは難しいだろ。一体何考えて仕事してるんだよお前。」
「高卒のお前に言われたくねえよ。」
「浅薄皮相な事言ってろ、戯け者が。」
「うるせえよ、高卒。」
「大学生の身分なのに、バイトで、世の中を語ってる小僧に言われたくねえよ。日本国民の三大義務の一つでも果たしてから居丈高に説教したらどうだい?」
「うるせえ。」
横のカップルが気になったので話しかけてみた。
「こんばんは!カップルなんですか?」
「いや違いますよ。同僚です。」
「意外ですね!飲みに行くのに、なんでゲイバーを選んだの?」
「なんとなく。」
主体性がねえなこいつら。
「ふーん、そっか。何の仕事の?」
「医療系です。」
そして、横の友達が入ってきた。
「医療系って、残業多いんですよね。俺もそっち系に就職しようと思ってるか迷ってるんですよ!」
彼奴は、兎に角うるさい。大学生に箔が付いてるように、色んな場所で駄弁を繰り広げる。
「残業ね〜!就活してるの?」
「まだ二回生です!」
「私もその頃は、〇〇ゼミにお世話になったなあ。」
「俺もそのゼミ行ってますよ!」
「そうなんだ〜!」
「すごいな〜こんな偶然あるんだ!」
「そうだね!」
「よかったら、ライン交換しませんか?」
「良いよ!みんなでしよう!」
俺は、こんな見知らぬ奴と連絡先を交換するほど無駄なことはしたくなかったが、その場ノリで携帯を出すことになった。一年半ほど建築業に従事していた俺からすると医療系の端くれが、する残業なんて屁みたいなものだ。
物思いに耽ってた俺を哄笑しながら女が俺の上半身を指差しながら聞いてきた。
「そういえば、さっきから聞こうと思ってたけど、なんでお兄さん、半袖なの?」
「ゲロまみれになったから捨てた。」
「なにそれ!超面白いじゃん。」
「寒すぎて最悪だわ!」
「ウケる〜。」
「うるせえ。」
と一蹴し、トイレへ向かうが、真っ直ぐ歩けない。ミルクティーの焼酎割りがかなり効いていたようだ。やっとの思いで、トイレへ向かうと小便をしながら吐瀉物を吐く妙技に挑んでみる。成功した!と思ったが、気の緩みで局部とズボンに吐瀉物が掛ってしまう。
トイレから出てきた俺を見て、場は、入店時のような乱痴気騒ぎとは異なり騒然とする。
「どうしたのそれ!」
「やらかしたわ。」
「何したの?漏らした?」
「うん、上から漏れた。」
「下じゃないの!」
「おう。とりあえず帰るわ。」
と友達を放り出し、一人でに夜の街を歩き出す。体臭は、ゲロ臭く、大衆は奇異な目で見つめる。終電も過ぎてしまった今では話しかけてくる人はキャッチもいない。
僥倖か。異邦人のおばさんが話しかけてきた。
「マッサージドウ?」
「多少块?」
「6000块」
そうして、見知らぬ女と夜闇へと消えていった。

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