中禅寺湖一周ラン(中) 「ふたつの死」編
(前回はこちら)
中禅寺湖一周トレイルランニングの記事、前回はホテルから寿司屋までで終わった。まだ“トレイル”にすら入っていない。
またこちらの地図を見ながら、なんとなく位置関係を把握しながら読んでいただきたい。
中禅寺湖案内 ·
「② 鮨くろさき」から「③ 阿世潟」まで
寿司屋を出て走り出す前、コーヒーが飲みたくなった。時計は12時半を指していた。
ここから先の道が長く険しいことは重々承知していたので、カフェでゆっくり、という気分にはなれなかった。自動販売機でジョージアの缶コーヒー「エメラルドマウンテン」を購入した。
昔はよく缶コーヒーを飲んでいた。1番のお気に入りはボスの「レインボーマウンテン」でその次がジョージアの「エメラルドマウンテン」だった。それ以外の缶コーヒーはほとんど買わなかったような気がする。
缶コーヒーが身体に染み渡る。これから多くのエネルギーを必要とすることをなんとなく察知しているのだろう。
この時点ではまだ車道の脇を走っていた。中禅寺の横を通り抜け、「英国大使館別荘記念公園」のあたりで湖に少し近づいた歩道に入っていく。旧英国大使館別荘と旧イタリア大使館別荘本邸のふたつのレトロな建物が続く。せっかくなので入りたかったが、先を急ぐことにした。
そこを通り抜けると湖のすぐ横を走る細い歩道になる。まだ走りやすい路面だ。
10年前にここを通った時と比べ、今回は釣り人が多い。前は9月上旬だったので時期的な問題かもしれない。湖畔には膝の辺りまで水に浸かった人が点々といる。
少し雲は出ているがおおむね晴れている。木々の間から差し込む光が優しく前を照らす。まだ順調だ。
そう、阿世潟までは…
「③ 阿世潟」から「④ 千手ヶ浜」
問題はここからだ。冬の間は通ることすらできないこの阿世潟から千手ヶ浜への10km弱の道、冬期の通行禁止が解除されたのはほんの数日前のことだ。私の記憶が正しければ、この先は途中から岩場になる。その上細かいアップダウンも多い。阿世潟入り口にある看板によると千手ヶ浜までは約3時間半かかるとのことだった。
走り始めてすぐは、まだ前の道と変わらず走りやすい。釣り人も数こそ減ったがまだちらほら。それがだんだんと人がいなくなり、全体の3分の1ほど進んだところ以降は、釣りが禁止されていることもあってか、誰とも会わない一人旅となった。
道が険しくなり出した。岩場が続くと思われたがそれ以上に木の根っこにつまずきそうになり危ない。また、紅葉樹が軒並み落葉していて、思っていた以上に落ち葉が深い。
足場を確認しながらゆっくりと進んだ。
前方の斜面に動くものが複数見えた。
猿だった。7、8匹いただろうか。私との距離は保っていたが、あまり怖がってはいないようだ。人に慣れているのだろうか。
彼ら彼女らは地面に落ちた何かを拾ってはそれを口に持っていくという動作を徐に繰り返していた。身体は小さかったが、金に近い茶色の毛並みは皆一様にきれいだった。
そんな猿たちの邪魔をしないように、私はゆぅくりとそこを通り抜けた。
少し進んだところで、道に鳥の死骸が落ちているのが目に入った。瑠璃色を煮詰めたような黒い羽に、白い腹部の組み合わせだった。雀より一回り大きい程度、ちょうど手のひらにすっぽりと収まるくらいだった。なんという鳥だろう。
身体は綺麗なままで、少なくとも私の見ている側からは外傷は見当たらなかった。心臓発作のようなもので亡くなったのかもしれない。
細かいアップダウンの続く足場の悪い行程の半分とちょっと進んだところだろうか、だいぶ疲労を覚えていたので、一度休憩することにした。ちょうどよく湖畔に降りる階段があったので、浜辺に座って買っていたスニッカーズを食べた。疲れきった身体に糖が駆け巡る。が、それだけでは足りないようで、身体がもっと糖を求めているのがわかった。とはいえまだ先は長いので、もうひとつのスニッカーズはまだとっておくことにした。
靴を脱いで湖に足首まで入った。思いがけず冷たい水で、10秒ほど浸かっていただけで身の危険を感じるほどだった。いそいそと浜に戻り、足についた砂を払ってまた靴を履いた。
5分ほど休憩しただろうか、また走り出そうと思い階段のところへ行くと、ちょうど階段の1段目の真横に何かがあるのに気がついた。
小鹿だった。死んでいた。
頭とお尻から後ろ脚にかけての2箇所、皮が剥げて肉が出ていた。他の動物に襲われたわけではなさそうだった。そうだとしたら、きっともっと肉が持っていかれているはずだ。不自然な体勢だったので、崖から落ちて怪我してそのまま亡くなったのかも知れない。
不思議と臭いはしなかった。数匹の蝿がそのまわりで羽音を立てていた。
私は手を合わせて、階段を登った。
千手ヶ浜までの残りの道を走ったり歩いたりしながら、私は道すがら出会した「ふたつの死」のことを考えていた。こんなに広い山の中の、たった一本の道ですら死がふたつも落ちている。山全体はどれほどの死を抱えているのだろう。
私ももしかしたらゴールに到達する前に死ぬかもしれないのだ。クマに襲われる、足を滑らせて転落する、心臓発作の可能性だってもちろんある。ここは死が溢れる場所。私にしたってその訪れは例外ではない。
そんな中で私に唯一できることは、ゴールを目指すこと。死は私から中禅寺湖ほどの近さにあるのだろう。それを振り払うためには、ただただ前に進むしかないのだ。
水分は全て飲みきってしまっていた。全身を疲労が満たす。頭も少し痛む。なかなか前に進まない。
残り1kmを切ったころ、今までの起伏のある道が急に平坦になる。また数匹の猿と出会った。前に出会った猿たちと同じ大きさで同じ毛並みだった。私を見るその表情まで同じだった。
何かの建物が見えた。死の気配がいつの間にか消えていた。
よし、ここまで来れば、もう大丈夫。千手ヶ浜まで行けば、あとは車道のはず。
そのはず、だよね…?
(次回に続く)
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