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2022年前半備忘録。「さよなら。」

多くの感情が詰まった半年


気がつけば2022年も半分が終わり、そしてもう8月。

この2022年の前半は喜怒哀楽の深みが強く、時に光の届かない深海に閉じ込められたような想いもしたし、それらの感情は”人”由来の感情でした。

そしてそれを救ってくれたのもまた”人”でした。

この”人”と言う漢字は、本当に良くできているな、とすら思うほど、人に尽きる日々でした。

多くの感情が時間によって風化されてしまう前に振り返っていきます。

希望を感じた元旦

2021年の始まりは最高の始まりでした。

SuiJoh社員のご自宅で新年会。

インターン生ユウキチ君のカラオケに酔いしれた

お寺へ初詣もして、帰り道に見たあの夕焼けは、燃えるようなオレンジで、希望の光のようで、僕らの人影が闇に消えていく時間の経過がとても神秘的でした。
夕陽っていいなぁぁって心底思って、何かを体の中に刻もうとしたかのようにおもいっきり深呼吸。

何回も挑戦したけれど、みんながジャンプしてる写真は撮れず。。。

そして2022年はSuiJohで働くみんなと、革命をやり遂げるぞ!
皆んなを笑顔にするために、各々の強みをしっかりと強化し、掛け合わせて、カンボジアのモノづくり界を代表する存在になる!
そして長くはSuiJohを支えてくれている古参メンバーに、頑張れば報われる、を一緒に味わいたい。

そう強く思ったことを今でも覚えています。

”人生は何かを計画している時に起こる別の物語”だ。

しかしながら、その燃えるような夕陽のオレンジは、心を灰にするように引火し、希望の光と思っていたら、それは燃え尽きて鎮火し、実際は深海に心を置き去りにしたような、そんな絶望の闇へと変わってしまいました。

1月上旬、僕はお店の2階で事務作業をしていました。
今年は誰にどんなタスクを預けて、どんな変革を導きたいのか。

するとそこにSuiJohの看板娘と言っても良いミリアが休日なのにお店に遊びにやってきました。

SuiJohは2012年に産声をあげましたが、委託販売を続けてきていました。そして色々なご縁が繋がり、お店が出来た2015年4月。

最初に加わってくれた社員がミリアです。

ミリアの愛嬌の良さ、しかしながらその後ろにある芯の強さ。気の強さ。負けず嫌いさ。そして体の弱さ。そんな彼女と僕は幾度となくバトルしましたし、涙も交わし合いました。

ある日本人のお客様に「この子は絶対に手放しちゃダメだよ。きっとSuiJohを助けてくれる存在になる」と言われたことを僕はずっと覚えてて、現に本当に助けられまくりました。

そして今となっては僕以上にSuiJohの顔になってくれて、そしてミリアは天性の接客術を持ち合わせているとすら思うようになりました。

僕と妻をコンポンチュナンのご実家にも呼んで頂き、お父さんととことんお酒飲みかわしもしました。その結果、時々お父さんともビデオ通話するくらいの仲にもなりました(笑)

僕が持参した焼酎を気に入ってくれて、僕は日本に帰ると焼酎をお土産に用意するのが習慣となってました。

SuiJoh設立当時。
そこまで忙しくなく、週一で世界史や地理の勉強会を行ったりもしました。そして広い世界を知って欲しいと、タイにもベトナムそして日本にも行きました。

日本に行ったのは、ミリアの結婚式の翌週でした。(ごめんね、旦那さん)

社員一同で結婚式に参加

なんで日本は息が白いの


初めての冬。
初めての寒さ。

成田空港に着いて、外てバスを待つミリアが嬉しそうに「ねぇ、ゆうすけ。なんで日本では息が白くなるの?」と聞いてきたのが、今でもセンセーショナルに思い出されますし、都内で配られるティッシュやチラシを会釈しながら「アリガトウ」と一人一人に足を止めて受け取る姿が今でも思い出されます。

本当に苦楽を共にしたミリア。そんな彼女がちょっと困惑した笑顔で「今、話ししてもよいですか?」と聞いてきます。

こう言う状況って何らかの悪いお知らせなのを経験を介して知っている僕。

「明日、急遽休みたい」とか「●と○が社内で問題を起こしていて」とか「旦那のビジネスでお金が必要になり」だとか、この一瞬でいろいろな可能性を考えました。

一番恐れた言葉が空間を切り裂きました。

「もし2月でSuiJohを辞めるとしたら…」

そこからの会話は正直あまり覚えておらず、最終的に二人とも涙を流していたということ。

話を集約すると、ある方に紹介うけて大手プロジェクトに応募した。
受かるはずないと思っていたけれど、まさかの合格の連絡があった。
これもSuiJohで働いていたという実績と存在があったから。
本当は辞めたくはないし、父親からは「俺は反対だ!ゆうすけの気持ちを考えろ」とも言われているけれど、年齢的に最後の挑戦をしてみたい。
面接時には週末や連休はSuiJohで働きたい旨、了承もたっているので、SuiJohが良しとしてくれれば週末は働くことはできる。

そして給与は倍以上。。。

最後のポイント。
そりゃそうよね。

仮にミリアの給与を上げるとなれば、この2年コロナ禍で昇給できなくて申し訳ないなか頑張ってくれている全社員の給与水準も当然上げる必要がある。

今の僕にとって、それはどう考えても、非現実的。

これは僕では太刀打ちできないし、結局はお金が正義な世の中。

僕は悔しいけれど、頷くことしかできなかった。

お金は正義


僕にもっとビジネス力があれば、もっと解決策創れたのだろうか。
そんな起こりもしない”もっと”の可能性をひたすら考えてしまいます。

ここからの約2ヶ月は、今思い返すと何でここまで落ち込んだんだろう、と思うほどに辛かった。
寝ても数時間で目が覚める。
急に泣けてくる。家でも奥さんにバレないようにシャワーを浴びながら、感情を消化する為のように必死に声を殺して涙を流した。

まるで大切な人を亡くした、あるいは、大失恋をしたような。もしくは大親友に裏切られたような。

全てを足して割ったような、奇妙な感情がいったりきたり。

今思えば、僕は彼女をそれほどに頼っていて、信じていた。

でも、間違いなくこれは彼女が悪いわけではない。
どんなオファーが来ても、"辞めません"と言い切れるような給与だったり福利厚生だったり、未来だったりを見せることができなかった僕の明らかな力不足。能力不足。

これはカンボジアだからとか、新興国だからとか関係ない。
僕も日本でのサラリーマンの時、例えば月給30万円のところを60万円支給するからウチにこないか?と言われていたらきっと転職しているだろう。

そういうこと。シンプル。

だからSuiJohは、僕は、強くなりたい。
大切な社員を、これからも大切と思い合えるために。
これからもSuiJohで働きたい、と思ってもらえるように。
SuiJohを辞めなくてよかった、と思ってもらえれるように。
みんなが胸張ってSuiJohで働いてるって誇れる存在になるために。

そのために、今年もあと5カ月だけれど、どんどん挑戦をしていきたいと
思います。

”お金は正義”。
この感覚は日本で働いていた頃の僕はまったく持ち合わせていなかった感覚です。NPOやNGOなど寄付で成り立つ組織を立ち上げていたら、この感覚とは異なる感覚を抱いていたのかなぁ。でも、この感覚に出会えたことは、僕にとっては大きな転換期になっていると感じています。

余談ではあるけれど、いつの日かミリアが「またSuiJohに戻ってきたい」と言ってきたりすることがあれば、
「ごめん。ミリアのお陰で今の僕らは強くなれた。ミリアが抜けた大きな大きな穴を皆んなで必死に塞いで、気付いたら皆んな大きく成長できた。だから今は空きのポジションはないんだ」
なんて言えるように。

さよなら、今までの自分!!!

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