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青春!フーリッシュハイ(2)

青春とはなんぞや 1

 キス、口づけ、接吻。呼び方はなんでもいい。とにかくそれがしてみたい。
 高校に入ってからは毎日そればかり考えている。つのる妄想はシミュレーションという形で具体化し、可愛い妹系から妖艶な美魔女系まで、ありとあらゆる女性たちと日夜愛を酌み交わし続けているのだけれど、いまだにそれらが現実のものとなる気配はない。いつなんどき、だれの挑戦でも受ける覚悟はあるのだが、現実はそう簡単ではないようだ。
 戦友であり、幼稚園からの親友でもある真木に言わせると、それは当然の欲求だそうだ。思春期を生きる男子たちが寝ても覚めても女子のことばかり考え、アホな妄想をしては鼻の下を伸ばし、「彼女」という二文字に恋い焦がれるのはごく当たり前で自然のことなのだそうだ。
 それを聞いた同じく幼稚園からの親友、西田が言った。

 「それやったら、キスさせてくれ言うたらええやないか。当然のことやねんやったら女子かてあかんとは言わんやろ」

 でも、それが出来ないのも当然だという。願うのも当然、断られるのも当然。高校生になってから、世の中は急に複雑になった。

 「ええか。キスはしたい。誰でもしたい。せやけど、キスの前にせなあかんことあるやろ?」
 「歯磨き!」と、西田が元気いっぱいに言ったが真木に黙殺された。
 「まず、彼女を作らんといかん」
 「別にそこはええやろ」と西田が言った。
 「彼女やない女子とキスするんは、青春においては反則や」

 真木が言うと、西田も神妙な顔で頷いた。何を納得したのかは分からないが、僕らのブレーンである真木が言うことには、ついつい納得してしまう僕らなのだ。

 「それで、キスしても許される雰囲気を作らなあかん。言うたらデートやな。つまりやな、段階踏まんとキスには辿りつけん」

 それが世の常識だとは薄々気づいてはいたが、改めて言われてみると、なんだか僕らにはあまりにも高い壁のような気がする。
 真木の言葉を受けて、僕と西田、そして同じく幼稚園からの戦友である岡本は、深く長いため息をついた。トンネルの出口は、どうやらまだまだ先のようだ。
 そんなやり取りが日常な僕ら四人のことを少し話そうと思う。お察しの通り、アホである。ご理解いただきたいのは、僕らが決してネガティブで悲観的なアホなのではなく、楽観的かつハッピーなアホである、ということだ。楽観的かつハッピーな人はごく自然な流れでアホ以上の存在だと認定されてしまうかもしれないが、まあ、それでもいい。誇りあるアホだからだ。とにかく、僕らはアホなりに今という時を真剣に、大胆に、幸せに、そしてほとばしるほど絶好調に生きている。
 十六歳。猫で言うと生後二年かそこらの世間知らずではあるけれど、幼稚園、小学校、中学校の各段階で最高の思い出を作ってきた僕らは、青春していることにおいてはかの大人気ドラマ、「ビバリーヒルズ青春白書」の主人公たちをも凌駕できると自負している。そんな僕らは、新しく、そして世界が広がる「高校」というステージで、新たに入って来たハッピー・ライフ・ファクター「恋」を「青春」に加味して、それを日本で一番謳歌してやろうとしているのだ。もちろん僕らは、いたって真面目に取り組んでいるのである。
 そんな僕らに真木は問う。

 「要は青春って何や」

 どんな授業でも聞いたことのない哲学的で壮大な議題だ。さすがは僕らのブレーンである。
 僕らはいつも通り、高校の屋上でミーティングをしていた。漫画の世界では、高校の屋上は上級生のものと相場は決まっているけれど、実際そんな汚いところにわざわざ溜まる上級生はいない。夏休み、部活を引退して自由な時間が増えたはいいが、今度は大学受験に頭を悩ませなければならない上級生たちは、わざわざ屋上までの階段を上ったりはせず、溜まるとすれば大抵はカフェかファミリーレストランに溜まり、話題は勉強のことばかりだ。風のうわさで伝え聞いた話によると、図書館なる空間で勉強をなさる方々もおられるとかおられないとか。
 つまり、高校の屋上を使うのは、現状僕らしかいない。人畜無害の上に掃除までする(真木の提案)僕らだから、高校側も放置してくれている。

 「そりゃあ恋やろう」

 西田が言うと、僕は「間違いあらへん」と力を込めて同意した。青春といえば、ラブ・ストーリーではない「スタンド・バイ・ミー」を聖典と崇める岡本も、屋上会議名誉議長である真木も、うんうんと首を縦に振る。

 「それ以上の答えなんかありえへんな。せやけど、問題は恋のはじめ方や」

 「恋のはじめ方」という素敵な響きに一瞬うっとりした空気が流れたが、すぐさま真木が引き締めた。

 「どうやって始めたらいいか、分かるか」

 真木が三人を見渡すと、西田が口を開いた。

 「せやな。話には聞くけど、気づいたら付き合ってました、なんて状況は考えられへん」

 確かにそうだ。やはり恋は「告白」という、甘酸っぱい二文字から始まらなければならない。


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