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「探しものは、夏ですか。」感想:「探しもの」から始まる、爽やかな夏の傑作短編ノベルゲーム

(公式Twitterより)



一部スクリーンショットはありますがネタバレは極力無くした感想です。



たまたま帰省した際に、知らない女の子に出会い、無理やり頼みごとをされ、その子が抱えている困りごとに対して2人で解決法を探していく,,,。
そしてその先で判明する事実と、予想だにしていなかった結末。

テンプレート的な展開ではありますが、しかしこの使われ続けてきたこの展開で、しっかりと現代の傑作として作り上げられたボーイ・ミーツ・ガール。それがこの「探しものは、夏ですか。」です。

スタジオ・ワンダーフォーゲルさんが制作され、iOS、Androidで無料配信中です。
もともとはノベルゲームコレクションというサイトで2018年に公開されていた作品で、今回はそれにシナリオ追加+グラフィック強化を加えた作品とのことです。

参考:4Gamer.net『「探しものは、夏ですか。」が配信中。ひと夏のボーイミーツガールを描いた短編ノベルゲーム』


井上陽水の「夢の中へ」を彷彿するタイトル。興味を持って調べてみたのがきっかけでした。
薄く柔らかなキャラクターデザインや、田舎、爽やかな夏を感じさせるビジュアルがとても魅力的で、しかも無料であったのでダウンロードして始めてみましたが、気が付けばそのままクリアまで通して遊んでしまうほどの面白さでした。

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物語

主人公の大学生:空木恭平(うつぎきょうへい)は、母からの連絡で近所の駄菓子屋のおばあさん(親族ではない人)が亡くなったことを知ります。たまには帰省しなさいという母の言葉に従い、またその駄菓子屋のおばあさんへ線香のひとつもあげようかと、大学の夏休みだったこともあり実家の田舎町へと帰省します。

実家近くの駅から家まで歩いている途中、亡くなったおばあさんの駄菓子屋を見つけます。ふと耳を傾けると、誰もいないはずの駄菓子屋から物音が。閉ざされたシャッターから中を覗くと、そこには見知らぬ女の子。物語の中心人物である織原真琴(おりはらまこと)がいました。

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彼女に「覗き」の罪を半ば強引に着せられ、弱みを握られます。その弱みに対して彼女が出した贖罪の条件は、彼女の目的である「ビー玉探し」に付き合うこと。

なぜビー玉なのか。彼女は何者なのか。そして、ビー玉探しに付き合っていくうちに思い出す、恭平自身の昔の思い出。傷つけてしまったままいなくなってしまった、思い出の中の女の子。
さらに物語に絡んでくる、田舎町での女の子の失踪、家族との関係、伝承、恭平の成長など、多くの興味深く魅力的な要素が物語に絡まり合い、そして、予想できない展開を経てのエンディングへと物語が転がっていきます。

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この物語が、非常によく練られていました。
この登場人物がここでこういう役割を果たし、こういう結果になるのかという、点と点が繋がる感覚が非常に気持ちよかったです。
物語の謎はもちろんそうですが、その謎の解明に近づくにつれて、恭平と真琴の性格も徐々に露わになっていくという二つの面から楽しめ、ハラハラし、困り、思わず面白さに唸ってしまう物語でした。



ゲームシステム

ゲーム自体は数時間、おそらく3時間ほどあればエンディングを迎えることが出来ると思います。
ノベルゲームなので、主人公の恭平がどう思っているかや、他のキャラクターとの会話を読んでいくゲームとなっています。
また、選択肢によるルート分岐も存在します。この分岐ですが、合計で4つ。では、4つのマルチエンディングなのかと言われると、そうではありません。

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近年のゲームで例えるならニーアオートマタのようなストーリーの流れで、ひとつのルートを終わらせることで新たに知る事実、発生する展開があります。そして、そこで発生する展開で新たな謎が残ったまま、スタッフロール。1つのルートが終了します。

新たに生まれたその謎を解明するために、プレイヤーは自分が選んだものとは違う別の選択肢を選び、その先の物語を知ることとなります。
おそらくですが、3つのルートを終えた時点で最後のルートが解放される仕組みだと思うので、事実上1本道で物語を読み進めていくゲームと捉えてもらってもいいと思います。

ひとつめのルートを終えた時点では、まさに物語の真相の2割もわかっていなかったと思います。そして他の選択肢、つまり他のルートも体験することによって、真相がわかっていき、全てのルートを終えることで物語が全てわかるようになっています。

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ゲームを彩る要素全ての質の高さ

文章の上手さ、不快感の無さ
とにかくゲーム自体の総合力というか、完成度の高さに驚きました。
その中でも個人的に印象深かったのは、文章の不快さが全くなかったことです。
ノベルゲームは今までそれほど多くないもののいくつかプレイしてきました。ときに、残念ながら途中で飽きてしまいエンディングまでたどり着けなかったゲームもいくつかあります。

もちろん、ゲームの仕組みという部分で多少の差異はあるにせよ、ノベルゲームではプレイする媒体や時代が変化しても、ほぼゲームのプレイフィールは変わらないのではないでしょうか。つまり、プレイヤー自身の「ゲームのうまさ」はさほど関係が無く、ゲームをクリアできるか、もっと大きく言えば「そのゲームが面白かったかどうか」は、キャラクターのセリフや状況説明の文章、物語の展開に依存する割合が、他のゲームより大きいと思います。

その点で、このゲームの文章は確実にプレイヤーを引っ張っていく上手さがあったと思います。
あくまで個人的な感想ですが、ほとんどのセリフやキャラクター同士のやりとりに「意味」があったと感じました。言い換えれば、無駄がないのです。

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謎の女の子である真琴との会話は、徐々にどんな人間でどんな考えを秘めているのかがわかってきますし、そもそもビー玉を探しているという特殊性から、もっと会話したいという欲求が生まれてきます。
また、家族との会話、特に関係性の良くない祖父との会話や、大学生活に対する恭平の思いは、恭平の性格や人に対する態度が浮き彫りになるような場面でありました。

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意味や含みのある文章は、その言葉からさらに先の展開への期待を生み出していると思います。そのような場面がゲーム中多くあったため、飽きることなく物語に引っ張られ、中断することなくゲームをプレイしていました。

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ビジュアルと音楽
そして、ノベルゲームの文章の魅力を底上げするのが、ビジュアルと音楽です。
穏やかで優しく、柔らかな色使いで形作られた登場人物は、見ている側にスッと入ってくるような、安心感のあるビジュアルでした。その見た目が、水彩画のように美しく淡く描かれた背景に非常にマッチして、違和感無くプレイできたのは間違いありません。

豊かな自然や美しい夕日、澄んだ青い空は、夏を印象付けるには十分で、非常に臨場感がありました。美しいのですが、決して柔らかなキャラクターの立ち絵を邪魔しないというバランスも良く、キャラクターがいるときはゲームを彩る背景、一枚の絵として見れば数秒見とれてしまう美しさのバランスが素晴らしかったです。

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また、地味なところですが音楽も良かったです。
フリーの音楽を利用されているようですが、その選別が非常に良く感じました。ゲームをプレイしながら音楽に意識を向けることは多々あるのですが、このゲームは特に音楽の使い方が良かったです。場面にぴったりな音楽も、物語の展開の盛り上げに一役買っていたと思います。そして、多くの場面でBGMの役割を担っている蝉などの鳴き声も、夏っぽさを演出する良いアクセントになっていました。

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細部への丁寧さが作り上げる完成度
このゲームを体験して「スマホのゲームでもこんなにコンシューマ機のように楽しめるゲームがあるんだ」と思いました。
もちろん、それこそFlorenceなんかはスマホの良さを生かしたゲームですが、ボリュームという点ではかなり短編のものでした。

このゲームも短編ですが、それでも数時間は楽しめますし、PCのインディーゲームであればもっと短編のゲームも存在します。それよりはどちらかとゲームプレイの面から感じたことで、ことノベルゲームという、プレイ媒体の性能にそこまで依存しないゲームに関しては、スマホでもコンシューマやPCのような完成度のゲームが生まれているのだなと思いました。

これがアクションゲームなどであればPCや現行コンシューマ機と並ぶレベルは難しいと思いますが、ノベルゲームだからこそ、スマホでも十分に楽しめたんだよなあと思います。

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そしてもちろん、このように完成度の高さを感じたのは、物語やビジュアル、音楽のほかにも、非常に細かい要素での妥協の無さを感じたのが理由です。

例えば、タイトル画面をタップすると波紋が広がり、水面を触れているような演出。また、ゲーム内の「はじめから」「コンフィグ」などの項目を決定したときに、それぞれ違う効果音が設定されていること。
特に、タイトル画面で項目を決定したときの、ラムネの瓶にビー玉が当たったときのような決定音は、一瞬の効果音ながらひと際目立ち、美しかったです。

こんな、細かい細かい、もしかしたら気づくことなくゲームを終えてしまうかもしれないようなこだわりを、ゲームの中に入れてくるところ、細部への丁寧さがとても魅力的でした。

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タイトル画面をタッチすると水面のように波紋が広がる


まとめ

このゲーム、とにかくトゲトゲしたり、びっくりしたり、そういうストレスがないんです。
それは登場人物とか、物語で刺激が無いという意味ではなくて、ビジュアルや音楽、テキストのフォントまで、とても心地よいという意味でのストレスがない、ということです。

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料理で例えれば、味が濃かったり物凄く辛かったりというインパクトではなく、あくまで薄味で静かな料理でありつつ、食後には圧倒的な満足感を感じるような料理。

それは、この物語の主人公である恭平がまだ学生であり、またどちらかというと、内省的というか、自ら周りを巻き込んで行動するというよりは、自分自身について考える場面が多いからかもしれません。性格も、他人に合わせ、自分の意見は控えるようなところがあるので、なおさらそう感じ、ゲームそのものに落ち着きをもたらしているのだと思います。そして、そういった落ち着ける感覚が、プレイしていてプレイヤーの感情移入を妨げない要因となっているように感じました。

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物語の展開や設定自体は、もしかすると多少既視感のある内容、という人もいるかもしれません。私自身、物語の真相やエンディング付近の展開は別のゲームや映画、小説で似た設定があった印象を受けました。

ではそれでこのゲームの価値が下がるかというと、それは全くありませんでした。エンディング時点ではもう、登場するキャラクターがそこに存在するキャラクターとして確立されていたので、展開は似ていてもこれは恭平と真琴の物語として捉えられ、ひとつの独立した物語として楽しむことが出来ました。

欲を言えば、その後どうなったかのエピローグが欲しいと個人的には思いましたが、しかしこの余韻を残すくらいが、ひと夏の思い出のようでいいのかなとも思います。

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是非ともこのゲームを広めたく、気持ちの熱いうちにこのnoteを書き上げました。

夏に遊ぶのもいいですが、しかしこのビジュアル、音楽、物語が全て夏を思い起こしてくれるので、いつ遊んでも心に残るゲームになると思います。
田んぼに囲まれ、障害物も何もないような田舎道で、燦燦と照り付ける太陽の下を歩いていたら、遠くから夏の香りとともに吹いてくる一瞬の風。そんな、掴んだと思えば離れていく、淡く透き通った短編小説のような物語。ぜひ体験してみてはいかがでしょうか。


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