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書評 #7|影踏み

 群れず。こびず。ぶれず。横山秀夫が描く世界には芯の通った男が似合う。その芯は過去の傷を背負い、ぶれずとも揺れる内面のさざ波が読み取れる。理不尽さや矛盾の狭間でもがく、人間の姿がそこにある。

 双子の弟を巻き添えにした母の無理心中によって、父も亡くした凄惨な過去を持つ真壁修一。『影踏み』は空き巣であった弟の啓二の人生を自らが生きるように、母と世間に弟の価値を証明するかのように「ノビ師」となった男の物語。

 頭脳明晰。類い稀なる観察力。自らや周囲に降る謎や火の粉をノビ師のごとく、華麗さと泥臭さの両方を駆使してかわし、真相へと近づく。そして、真壁は何よりも義を重んじる人間だ。自らが持つ特異な術もさることながら、定めた義によって難局を切り抜けていく。反面、その義によって過去にとらわれてもいる。その姿に作品の深みが垣間見られる。

 短編集ではあるが、そのすべてが一つの作品を構成し、点と面の両軸で楽しめる作品だ。そして、『影踏み』は一級のエンターテインメントでもある。真相の断片を提示しながら、著者は計算され尽くした筆致で読者を核心から遠ざける。眼前の活字を通じた、著者と読者が対話をしている感覚を覚えた。

 影を抱えながら、現世の影を生きる。あえて光を拒む孤高の男の物語だ。


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