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書評 #9|デッドエンドの思い出

 最後に読んだ吉本ばななの作品は『キッチン』だ。細部は覚えていない。しかし、高校生の僕は作品から「生死の境界線の薄さ」を感じ取り、その感触は今も確かな存在感を放っている。この後の文中では『デッドエンドの思い出』の核心や結末が示唆されているため、気になる読者は読むのを避けてもらいたい。

 先に述べた印象は本作の読後も鮮明に浮かび上がる。高校時代に受けた感覚にずれはなかったのかもしれない。親しみやすい口語と丁寧な内面描写が作品全体にしなやかな印象を与える。その文章の柔らかさに包まれるようにして、人間の脆さや背負った歪みなどが輪郭を表す。

 作中で「神様」と形容されるように、人が抗えない生の「大きな流れ」のようなものがすべての短編に通底している。生死。宿命。そのように書くと重々しい。しかし、吉本ばななは軽やかな仕立てで読者の感情と作品をつなぐ。

 主人公とその周辺に存在する近しい人物たちに光が当てられる。しかし、心の移ろいが描かれない人物たちのそれを描いたとしても、作品としては成立するだろう。それは著者がそれぞれの個人が持つ日常的な物語性を描いているからに他ならない。普遍的なテーマだからこそ、心に響く。

 前向きな生を促しているわけではなく、悲観的に捉えているわけでもない。人間は死や別れを隣り合わせにしていること。他者との交わりの中、刻々と変化する感情を抱えて生きていること。多くの災厄が描かれているが、それらは新たな希望へと帰結する。内で脈打つ芯がほのかな熱を帯びる。そのような感覚を覚えた。


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